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2月28日(水)くもりのちはれ、愛するひとよっ!

01_102  あと1時間あまりで、最低賃金生活体験運動は、完了します。きょうは、食べ物には1円もお金を使っていません。事務所に宅急便で送っていただいた、どら焼きとドーナッツなどで飢えをしのぎ、しめくくりとしています。ありがとね~っ♪
 今朝までに、遅れていたこの日報を挽回して、よれよれに近いからだとあたまと気力をふるいたたせ、これを書いたら、けえって屁をこいて、眠る予定です、ぷっ。

 はじめに、最後の日の会計報告から
 昨日の残金は、ぼくだけのが、1,785円、看護・介護込みは、マイナス170,158円でした。
01_104 やはり、頭がへろへろになってどろどろに鈍っていたのか、きのう、気付いているべきだった大きな誤算をしていました。
 新聞代が、2,900円+900円
 定期購読の雑誌代が、400円+980円+500円+980円
 もう、焼けうんこっていうか、今月買っておいて、来月支払う予定だった書籍代が、
 2,625円+1,890円
 そして、交通費ですが、今日は、朝、守山区白山というところに行きましたので、
 名鉄瀬戸線の電車代が290円、市バス代が、200円、地下鉄代が290円、そして帰りのJR中央線の電車代が190円です。
 よって、本日の出費は合計で、12,145円となります。
 トータルしますと、残金は、ぼくだけのが、マイナス10,360円、看護・介護込みは、マイナス182,303円となりました。
 まっ、いいでしょう、最初はチャレンジャーに志願し、達成者になるつもりでいましたが、クニ破れて山河あり、って申します。ぼく、負けたって平気だもんっ。わ~っはっはっはっはっ♪
 達成は、聖地の戦士tunaちゃんにまかせて、3月は、たたかいに大暴れだっ、とい01_105ったところです。カネはなくともこころはニシキヘビっ、とも言うとか言わないとかっ、ふふふっ。
 イギリスでは、最賃額は1,100円レベル となっていますし、アメリカも全米で800円台になるといわれています。
 全国一律ではなく、使用者の支払い能力にゆだねられるようないまの日本の最賃では、国際的批判はさけることができないことは、はっきりしています。4・18栄総行動では、偽装雇用の一掃、労働法制改悪反対、派遣労働の抜本的な改善とあわせ、この点で運動していこう、と思います。
 より重要なのは、SS派遣元企業をぺしぺしっと叩きつつ、青年Uのヴォリュームをガンガンとつくってゆくってことです。たたかいから組織をつくるうえで、運動こそが生命線であり、具体的な生きたひとととりくみが、もっとも大切なものです。
 突然やってきたアクシデントのため、13日間のおくれは、とりもどしきる、という決意で、がっはっは、です。できるかどうかじゃない、やるんだっ、ジョ~っ!
 って、いつからジョ~っになったのかは知らないじょ~、っとおやじギャグをかましてみたりっ、けけけっ。
01_106  このようにして、解放されました。
 ひとびとの自由と解放は、ぼくののぞみです。青年こそ、その大いなるたたかいの主役です。
 多くのことを学びたいです。深くふかく、微妙な、すべらかな、やわらかい、あたたかな、大いなるこころをそだてたいです。
 知としての知識にとどまらず、叡智を知り、自己の脳髄をきたえ、シノプスの自然な展開のおしえるものに耳をかたむけて、風の音やひとのこころの声を、本当によくつかめるようになっていきたいです。
 ぼくは、自分の欲望をじっとみつめ、欲望の体系である資本主義があたえ奪っている混濁や汚れを識別し、意識・思惟・認識を全一的で首尾一貫した世界観のもとにきよめていきたいです。それこそ、人類の偉大な三大実践である、生産活動(はたらき)、科学実験(こころみ)、階級闘争(たたかう)の烈火のなかで、真なる火をつかみだし、まもるべきもののために、生きていきたいです。
 世界のどこを訪れても、貧しくても笑いあい、愛をもって生きるひとびとのしあわせが、あるに違いありません。労働組合の情勢分析は、政府や財界におされ暗い未来しか描けない、などということはないのです。大変なくらしや労働のいとなみのなかで、ひととひととはしあわせを求めて、けなげに力強く、希望を失うことなく、つながっています。人類史は、依然、胎生または幼年期にすぎないのではないか、と思える、この時代においても、ひとのなかに眠る巨大なエネルギーが、少しずつ、あらわれてきます。あなたのひとみの輝きのなかに、あなたの想うこととこころのなかに、発火し爆発するニューロン細胞と、都市の交通網のようなシノプスの美しい輝きとともに、あす、が、しずかにやってきます。
 不思議なとき、ひとびとは、なんじ自身の価値をしずかに、やがて高らかに、美しい歌声の調べにのせ、こころにふかく刻みながら、たたかいの道から壁を打ち破って歴史の扉へあゆんでゆきます。そうであれば、ぼくには、もう、いかなる苦しみも悲しみもものともせず、その自分だけのための生き方を変えるに、なにものも失うもののない人生をすすんでゆくでしょう。
 プロメテウスの火をかざして、あすにむかって、のりこえて、ゆけ~っ!

 
 

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2月27日(火)くもりのちあめのちくもり、おのれのもっとも醜悪なものをゲロのように吐き出し、ひっくりかえしてみる

01_99  脳は1千億の細胞は1秒に1ケ死んでいくとしても、海馬の領域が発達しつづけるため、一時の自己規定は、ほとんど意味がありません。しかし、自分に対しても、否定的規定をしていると、それは良くない作用を及ぼすようです。なぜなら、眠っているときに、脳は整合性のしらみつぶしのチェックをおこなうことで、なぜだか、自分なんかだめだからっ、とか、ばかだからっ、と自分自身にむかって落ちこんでいるひとにおいては、そのとおりにしていってしまう、というはたらきがあるらしいのです。ほんとかウソかはしらんけどっ。
 そこで、きょう、ぼくは、自分が自分自身で大っきらいな部分を、はらわたを裏返すような偽悪的調子でぶちまける実験をこころみます。なぜ、これをするかって、自己否定さっ。無性に、なんでもかんでも、つまらんから、腹が立つから、とくに金がなくなって不愉快なのは、その話を聞いた人間か当人かさえも、わからんような、くだらない思いやりのかけらもないふざけたお話をされると、いい加減にしないと、いかにおとな01_100しいぼくでも、怒り狂っちゃうよ、てなこと言ったり言わなかったり、ふっ。
 ぼくは、凶暴です。もうしわけないけれど、ひとを平気で傷つけます。ふんっ。だれかといっしょかねっ。
 子どもの時は、本当に癇癪持ちで、反抗的人間でしたし、いまでも、ひとを小馬鹿にして、人を怒らせ、ケンカに走っても、なんとも思いません。殴るときすら、顔色を変えず、若いときに身についた戦闘が、いくつになっても抜けません。とくに、低脳な男が大嫌いで、みんないいひとだ、と思うことがあっても、ぼくも含めて、男はエロオオカミさっ、と感じており、棒でどつきまわして、川に突き落として、あの世に送ってやりたいほど頭にくるときがあります。
 ぼくは気取り屋です。いやん、ばかん。
 ブラックのジーンズがどうしても欲しくなると、最賃生活中だろうが、ぴゅ~っと買いに行きます。そのくせに、気取ってる野郎をみるとむかついて、便所の朝顔にそいつの顔をぐいぐいとつっこんで水を流してやろうか、などと思うことがあり、要するに、ぼくはぼくに似ているところのある男が嫌いらしい、という生きものです。
 無能でくだらないやつほど自己顕示欲や虚飾で自分を飾ろうとし、中身のないピーマン頭を知識のひけらかしによって、おおいかくしているのです。それ、ぼくのことっ、てとぼけてみたりっ。
 親鸞のように、本当に素直に、自分が愛欲の大海におぼれあがいていることを嘆くならいいのに、くだらないことにシャイでナイーブで、と自分の性格を規定することで、ほんとうにそうかどうか知らんが、おのれの臆病で小心なところをかっこつけてるだけの愚劣な人間だ、とつくづくと思っています。はっ、片腹痛いわっ。
 警戒心と防御を攻撃的な本性でつつみ、急斜面に前傾姿勢でつっこむように、そのうち、大けがするといかんので、不動でいこうかと、じりじり前進もくそもなく、なにも変えず、なにも変わらず、いかなる価値もなく、なにもできず、ただ食ってクソして寝てごろごして、ぼ~っとしてるだけのなまけもんです。
 あぁ~っ、なにもかもいやになっちゃったけど、安楽死できんかなぁ、なんて思いません。生に執着し、がつがつと、おもしろいことないか、楽しいことないかと、アホ丸出しで生き恥をさらして生きています。あぁ、あぁ、恥ずかしいわっ、息をしとるだけで、空気がもったいないわっ。どうせなら、虫けらの方がもっとましな生きもんなんじゃないのかっ、ふっ。
 厚顔無恥で、どれだけ嫌われていても、気づかないふりしてみたり、世間体すごく気にして、まぁほどほどになんとか気まずくならんようにやれんもんかなぁ、などと気を回す阿呆です。そんなことなら、もっと正直に、昔みたいに、なんだっ、俺様に文句でもあるのかっ、この野郎、胴体に風穴を開けて欲しいならいつでも言えよっ、とすごんでみる方がよかろうに、ふっ、ばかばかしいわっ。どうでもいいわっ。なるようになりくされっ。けんか売りたいやつは、いつでもかかってこいよ。徹底的にぶちのめしたるからなっ!
 と、書きたい放題、それでも、別に気分はす~っとはしません。
 だって、意味ないもんっ。
 まっ、ともかく、一回、ひっくりかえしてみるかっ。だめもとじゃん。明日の愛労連幹事会くらいで、こわれてみたろかっ?
 あほらし~っ、ばからし~っ、くだらねぇ~っ、ど~でもい~っ、へっ。
 27日も最賃生活をやってると、そういう気分になっても、不思議じゃねぇだろぉよっ、なぁっ。
 昨日は、ぼくだけの残金が、7,535円、看護・介護込みは、マイナス164,408円でした。
 朝ご飯は、母から盗んだブドウパン2枚、ただ。泥棒野郎は誰だっ?
 エドウィンのブラック・ジーンズが、5,200円
 昼は、仕事しすぎで食えなんだわいっ。ちくしょ~っ。ゼロっ。
 夜、会議も済んで、ブログを書いて、帰って、深夜1時の松屋で、豚ショウガ焼き定食とご飯大盛り、生卵1ケで、550円
 トータルは、5,750円
 残金は、ぼくだけのが、1,785円、看護・介護込みは、マイナス164,408円でした。
 
 あ~あっ、きょうは、こんなこと書いちゃったから、よけいに苦しみと悲しみと自己嫌悪にさいなまれ、悪夢をみるかもしれないです。そんなふうに、ひとの哀れみでも誘って同情してもらおうというさもしい根性がいやらしいっ。やれやれっ、あと1日だっ。
 あばよっ☆

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2月26日(月)はれ、労働が犠牲ではなく、生きることがしあわせな社会をめざそう

01_97  資本主義的生産様式は、生産手段を社会の少数者であるひとびとが私的に所有することで支配し、くりかえしくりかえし、働くひとびとの生命力にほかならない労働力に対する搾取をつづけることによって成り立っている、といわれます。
 そんでもって、それのどこがいけないのっ、という疑問を前にして、簡単に言えば、初期投資はすでにとっくの昔に回収されてるじゃんっ、とみることができます。
 だったら、本来は、生産手段は、もう、社会のものに帰してもわるくないんじゃないのっ、という考え方ですねっ。
01_98 なぜ、そうならないんですか、そうなってこなかったんですかっ、という、至極もっともな 疑問があってもいいですよねぇ。ぼくには、このことがなかなかわかりません。
 世の中って、むづかしいですねっ。
 ひとりじめにしようという、いやしいこころが問題なのでしょうかっ?
 経営者たちからお金をもらって守ってあげる、いろいろな仕組みがあるんですかねっ?
 日本経団連や大企業からお金をもらう自民党みたいなものなのでしょうかっ?
 でも、この社会の仕組みは、知れば知るほど、おもしろい、よくできた、ともいってよいほどの制度なのですが、じつは人間が意識的につくりあげた制度と言えるのかっ、ていうと、とても、疑問な部分があるし、自覚的につくったにしては、じつに欠陥だらけでもあります。
 だって、この社会で、失業や貧困や、もっと大きくは戦争や犯罪の種子がいたるところにあるのです。これって、本当に、まともな良識をもったひとが、設計図や社会政策的な認識のもとにしあげていった、なんて言えるのでしょうかっ?
 新自由主義の市場原理主義、とは、そのような無意識的な資本相互間の野放図な競争と、独占との、無政府的な展開に、社会そのものを任せてしまおう、っていう無責任極まる経済理論なんでしょっ?
 弱肉強食ですねぇ、こわいですねぇ、いけないですねぇ、人間らしい理性と良識を放棄した、いいかげんなものの考え方で、ひとを不幸にすることも辞さないって、許されるわけなんでしょうかっ?
 ぼくには、まともな人間があたりまえに考えることとは、思えません。
 とても、信じられないです。
 同じように、日本の平均の最賃額である700円に満たない額で、どの地方の最賃審議委員の先生方だって、誰ひとり、最低限の健康で文化的な生活をいとなむことなんてできないことを知らないはずはない、と思うのですが、どうでしょうかっ?
 どの地方労働局の賃金課の職員の方々でも、同じです。
 ぜひ、最賃審議会の経営側委員の皆さんが、最賃額で1カ月の体験をおこなってみてほしい、と思うのは、いま、最賃生活で苦しいくらしをおくっている、すべてのフリーターや、低賃金の非正規雇用のパートさんとか派遣労働者の皆さんが一致することなんじゃないでしょうかっ?
 最終盤にくると、怒りに震えますよっ。
 ストレスで、こんなことしてるのが、普通にいやになりますよっ。
 されど、年収50万円から200万円でくらしてる若い仲間のことを思うと、自分のことだけで苦しむことは、違うんじゃないかっ、とも感じます。
 資本家・経営者の皆さんは、働くひとを人間としてとらえれば、こんなにひとを苦しめて、自分はしあわせだ、とでも言えるのでしょうかっ?
 わかりません、そういう、ひとの苦しみに思いをよせることのできないようなひとびとが、夜な夜なtyuuさんみたいに、畳の下に敷き詰めたお札でも勘定しているのでしょうかっ?それは、とても、こわいものがありますっ。わっはっはっはっは♪
 それとも、昼間は、コンピューターにむかって、株や取引やいろいろな計算をおこなって、マネーゲームに興じているのでしょうかっ?
 ぼくは、そんなひとびとを深くいやしみ、かわいそうな輩だと思いつつ、ポーランド侵攻作戦を地球儀を回しながら考えていたヒトラーのような人間なのかなっ、などと想像しています。
 お~っ、こわっ!
 ぼくとそっくりの顔をしていたら、嫌すぎます~っ。軽蔑すべき見下げた心性を、断固としてしりぞけたいものです。そういうひとびとが、この社会の支配者たちだとすると、やはり、偽装請負を摘発されて、法律の方が悪いんだっ、と言いそうですからねっ。週刊誌なども、そういうひとびとのなかで、とくに、派遣元会社の経営者などをとりあげつつあります。ふっ。
 ただ、まじめなだけで、こつこつと働き、ひとと争わず、おだやかに、ひとの嫌なところをみても苦にせずに生きれたら、どんなにいいことでしょう。
 ぼくのなかにさえ、生臭くいやらしい、見下げはてるようなこころは、ないと言えるのでしょうかっ?
 美しく生きたいけれど、しずかに、悲しみは、ぼくの胸にみちてゆき、ひとりでは無理だけど、なんとか、だれもがひとり残らずしあわせに生きることができるようにならないものでしょうかっ。
 あなたも、同じこころなんでしょっ?
 ただ信ずるのとは違い、たたかいのなかで手をつなぎ、ほほえみ、語りあえたら、苦しみも喜びもひとつであったなら、どんなにいいでしょう。
 だから、ぼくは、生き、たたかうっ!
 みんなとともに、あなたとともにっ!
 母は、倒れる前の状態に、ほぼ、もどることができました。みんな、ありがと~っ、みんなの祈りのたまものは、これからのたたかいのエネルギーとさせていただきます。ごちそうさまですっ。
 会計報告ですっ。
 昨日の残金は、ぼくだけのが、10,149円、看護・介護込みは、マイナス157,166円でした。
 本日の支出は、
 母のお茶とか食パンなどを含む、むこう1週間分の食糧等が、3,702円
 母の家庭用雑貨が、926円
 ぼくの昼飯代、焼きサバ弁当が、460円
 ぼくのヘルシア緑茶2本が、996円
 ぼくの晩飯代、あんまん、おにぎり、パンが、860円
 以上で、ぼくだけの支出が計、2,614円で、母の分をふくめると、7,242円です。
 残金は、ぼくだけのが、7,535円、看護・介護込みは、マイナス164,408円となりました。

 あと、2日、ぼくはおそらく、やりきれるんじゃないかなっ、と思いますが、ところで、どちらを報告することになるのかなっ?
 苦しみのなかでも、悲しみのなかでも、ぼくは愛する人を想いつづけ、たたかいつづけたいですっ。おやすみなさいっ。バイバ~イっ☆
 

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2月25日(日)くもり、最賃生活のラストサンデーはパラドックス・パラダイス

01_95  母は二槽式の古い洗濯機を使っていましたけれど、いまは、ペットボトルのふたでさえ、自分であけることができません。指の力がなかなかはいらないのでしょう。なんとか、洗濯物を干すことはできるってことですから、それではっ、と、全自動洗濯乾燥機一体型というのを、求めました。いよっ、太っ腹っ! 念のため、太ったさんのことではありません。
 おそろしいことに、これ一台で、ひとが1カ月働いて、最賃だったら、1カ月分の賃金の使える額をかるく上回っています。これ、5年保障の古い洗濯機の引き取り代を込みだと、値引きして97,000円です。ぼくの実際の手持ち資金などは、金がなくなりついでだっ、てことで、完全にスッカラカンの、すってんぴんの、ぽんぽこぴーの、ちょうきゅうめいのちょうすけ、となりました(意味不明?)。
 快適で衛生的で健康を守ってゆくためには、食生活だけでは不十分です。とくに、文化的なくらしの前提となるものは、衛生面での住環境が必要なのではないでしょうか?
 あるコメンテーターの視点としての、風呂やトイレというのは、本当に女性ならでは、という豊かな認識でした。ぼくは、その観点01_96からみて、清潔で衛生的なくらし、ということも、最賃生活であってさえ、憲法25条の精神からみると、不可欠である、と気付きまし た。
 働く、という点でも、健康障害を起こしたり、労災事故によるけがや病気を発生させて、平気で、「無理だと思うけど、労災認定をしてもらえばっ」、などと言い、これがコンプライアンスを重んじる企業姿勢をもって株式上場をしよう、とのぞんでいる大阪に本社のある派遣企業の言いぐさとなっていますが、看板通りとは、とうてい考えられない態度をとっている会社とのたたかいに、ぼくは3月はちからをそそいでいこうと思っています。
235 D職場のM氏からも、電話をもらい、これからの方向性についてお話をすると、大賛成ですっ、と喜んでもらいました。
 2月最終盤は、最賃のギリギリのもっとも苦しい時期にもかかわらず、3月のとりくみの準備に入らなくてはなりません。2月末要求提出ですから、いよいよ07春闘の本番です。ヒャッホ~っ♪
 母は、いきて還ってまいりましたし、再発防止と、3月初旬までの流れを検討しました。
 ハチのように、たくまずして、その巣を美しい構造物に仕上げる能力を本能的にそなえていない人間は、されど、計画を立て、ものごとを設計し、プロジェクトのようなスケジュールやロードマップがつくれます。つまり、人間は、その思考能力において、予測をし、シミュレーションをおこない、未来をみるのです。未来は、美しく、希望があり、しあわせをもたらすでしょうかっ?
 せひ、そうありたいですねっ。
 ただ、内部的編成と計画をもつという点は大切なことですが、ここにまた盲点がありうる、ということも大事な観点だと思います。
 ひとが社会にむけてひらかれてあり、かつ外的な諸条件である自分たちの外の状況についても、同時にとらえることができているかどうかは、みのがしてはならないところです。
 いまが、どんなに苦しくたって、困難を乗り越えて、歴史の扉へ歩みゆくことができるか、あるいは天空に飛翔することができるかっ、それを決めるものとしての、愛こそ、偉大なものです。
 てことで、物質的な生活をささえている経済を、貧困の経済学から解放できるたたかいとしての最賃闘争の意義の語り部たちを、その体験運動のなかから産み出す偉大なたたかいをすすめる若者たちにさいわいあれっ!
 ところで、最賃に反して、ある程度の経済的な力がないと、パラバイスはないとするならば、こころだけ、愛だけで、はたして、しあわせはあるのでしょうかっ!
 そのようなパラドックスのなかで、若者たちがとりくんでいる最賃生活体験運動に、じつは、昨年、ぼくはひとの尊厳や誇りや希望や夢を守り抜こうとする尊いものをみつけました。おぅ、まさに、それは、ぼくらが人間らしく働き生きるという理想のためにたたかう、大いなる火のようなたましいです。ぼくは、そうした生き方をする青年労働者たちに、こころからの敬意を感じています。
 収支報告をいってみます。
 昨日の残金は、ぼくだけのが、
 円でした。
 本日の支出は、
 母の全自動洗濯乾燥一体型機が、97,000円、ほえ~っ
 ぼくのアップルパイが、168円
 ぼくの牛肉そぼろ弁当(小)が、235円
 本日も禁断の晩飯抜き、
 ぼくだけの支出が計、403円で、母の分をふくめると、97,403円です。
 本日の残金は、ぼくだけのが、10,149円、看護・介護込みは、マイナス157,166円でした。はははっ♪
 母の状況は、あす、いろんな手配をすませ、それでうまくいきそうなら、この戦線から、ぼくは撤退し、自力更生刻苦奮闘、最賃介護生活から、足が洗えるでしょう。
 今日、母は、お湯で足を洗ってました。わっはっはっはっは♪
 おやすみなさいっ、愛するひとよっ☆
 
 
  

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2月24日(土)くもりときどきはれ、いにしえの叡智と現代科学の認識を武器として賢明にたたかい、歴史の扉をひらいてゆこう

01_93  ぼくは正直に言うと、ずっと長い間、宗教的迷妄は人々を愚鈍化し、反動的な支配を精神面に及ぼすだけのくだらない非科学的認識にすぎない、と思ってきました。この問題はぼくにはむずかしく、簡単にぱっぱっと結論っ、などと書くことはとてもできないのですが、楽しんで勉強してゆくことができます。それと同時に、ひとの人生においての歌声の多様な調べが聞こえています。
 母はいのちを失わなかったばかりか、日に日に元気をましてゆき、第三の人生ともいうべき、次の次元の生き方を模索し始めているかのようです。心教を読んでおりますが、中身を理解しようとしているのかどうかはわかりません。室内で足首の鍛錬のリハビリを自分でおこない、食生活をはじめとする生活習慣の改造を自覚して実践してきています。
 今日の医療・介護制度と高齢者福祉の現状を説明すると、はじめは、お金を払ってないからなぁ、と言っていたのが、たたかって変えないかんなぁ、とおっしゃるようになりました。へへっ、どうすんの、ひとりでなにが01_94できるもんかっ、とからかいますと、笑って ます。
 おかげさまで、ぼくは看護・介護の役割がすごく楽ちんになって、母のところで、ゴロゴロしてる状態になってきました。一面、ひま~っ、です。26日月曜日までに、物質的生活の整頓と再建のための準備を完了すれば、OKでしょう。

 いま、同時代を生きている人々の間に、新たな文明のためのたたかいが創出され、その合流がこころみられているような感じです。その流れがどういう展開となってゆくか、も楽しみの一つです。五木寛之氏が古代インド思想に学んで本を出しておられたり、教育をめぐる議論から共感力についての本も出てきました。般若、浄土、密教といった三つの領域の経典類をぼちぼちと読み、ナーガルジュナによる理論化と注釈などをぼ~っとして眺めておりますと、あぁ不思議だなぁ、こんな叡智がどうやって見いだされたんだろう、とうれしくなってきます。エジプトで発見されたユダとマグダラのマリアの福音書なども、なかなか楽しい書物で、想像力を刺激されるものがあります。そうしたとき、カントやヘーゲルと丸楠や麗人が指し示した道や法則性についての理解と照合してみます。とても簡単なことではなく、もっとたっぷりと時間をかけ、ゆっくり考えてゆきたいことです。
 リポート書きの原則である、だれがいつどこでなぜなにをした、それはどういういきさつでどんな状況でおこなわれたか、なぜとは単一か複合要因によるのか、その行為は誰のどんな利益のためのものであるか、を的確につかみだす方法論の土台にあるものが路線であり、路線は、思想とその党派性・階級性を生命力としており、その生命力の源はヒューマニズムです。それが、事物とことがらの科学的認識といにしえの叡智に導かれるなら、それは道と法といえるでしょう。空海は、貧しい者らには物を与え、富める者には法を与えよ、と述べたそうですが、ゴータマは筏のたとへにより、貧者と富者をわけずに物と法をと、説いたのではなかったでしょうか?
 ぼくは、仏教者たちというのは、法然と親鸞は事情は異なるとしても、空海や日蓮なども、権力におもねるいやしい心性をもったひとびとだ、と考えていました。
 しかし、始原の教えと文明が普及する歴史的限界のもとで社会構造的に、権力の加護なしに方便としてもそうならざるをえなかった、という事情は、まことにありそうなことです。ゴータマの教えが、それによって価値なきものとはならないように、真なる価値は、見いだすべきひとびとにより、きっと受け継がれてゆきます。

 最賃生活体験も、最後の土日にはいりました。さぁ、会計収支にいってみましょう。
 きのうの残金は、ぼくだけのが、17,211円、看護・介護込みは、マイナス47,429円でした。
 ぼくは母の依頼で、地下鉄に乗って眼科医まで薬をもらいに行きました、230×2=460円
 母のお薬代が、2,415円
 おなじくカニが食べたいなどという、贅沢な依頼で、2,800円(うち、半分を、僕の昼飯に略奪、ということで、昼飯代はおごり扱い)
 ぼくの書籍1冊、栄地下の星野書店にて、1,365円
 ついにきました、携帯電話代が、5,294円(へっへっへ、先月から節約して、発信ひかえめにしておきました)
 とうとう開始、禁断の晩飯抜き! で、0円
 てなわけで、本日の僕の食事代はゼロとさせていただきつつ、ぼくだけの支出が計、6,659円で、母の分をふくめると、12,334円です。したがいまして、残金は、ぼくだけのが、10,552円、看護・介護込みは、マイナス59,763円となりました。
 あと4日、ぼくは、達成者として、最賃の敵と呼ばれることになるのでしょうかっ?
 いけそうだけどねっ。

 1日おくれのupが、なかなか、挽回できません。おやすみなさい、また、あしたねっ☆
 
 
 
 

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2月23日(金)あめのちくもり、ひとが大切に思うことを大事にしてゆこう

01_88  ぼくは、あなたが、大切です。
 いつも想っていることは、あなたの苦しみはぼくの苦しみ、あなたの喜びはぼくの喜び、あなたのしあわせこそ、ぼくのしあわせ、ということです。
 それはそうと、ある一定期間の関係する人間のすべての直接の話、現実の精緻な観察、事実のできるだけ正確で全面的なデータの収集、そして、そこからの分析と総合のプロセスにより、総括・方針・政策を決定する一般的な方法論は、どのような場合でも、ほぼ有効に機能します。
 そこから、ぼくは勤務のような母の看護・ 02_4 介護に区切りをつけ、27日から出社することといたしました。
 だれか、出社におよばずっ、て言ってくれないかなぁ。
 母に、ぼくが仕事に復帰する日程と方針を話すと、ますます頑張って気力を奮い立たせ、自分でリハビリテーションをはじめたり、お湯をポットで沸かしたり、ついに食器類を自分で洗いはじめてくれました。
 うんうん、えらいぞっ。
 パンを焼くオーブントースターはっ?と聞くと掃除のおばさんにあげた、と言うので、まだ、パンは食べることができないとしても、02_3買っておきました。
 ジューサーは、動作音がうるさいのがいけませんが、ヨーグルトとりんごでつくった飲み物は、絶品でございます。う~んっ、ジュースィ~っ!
 着々と、スケジュールをたて、やれることをこなしていく予定です。
 とは言っても、ぼくの本性は、ぐうたら、いいかげん、まぁなんとかなるんじゃないのっ、といつも思ってるし、ファズィーっていうと聞こえはいいけれど、できれば今日できることは明日やり、しなきゃならないことは一杯あるんだから、優先順位はもっとも最01_90 先端にあって重要度と創造性の高いものからっ、ということで、お金で片のつくことなんかはできればその線でっ、てことだし、ひとからだらしがないと思われようとも、データはPCで基本管理してるんで、いわばどうだっていいことはあまりやる気はいたしません。ほかに考えたり検討したり、やること、やらなければならないことは、いくらでもあるわけですからねっ。でも、そうした点で、価値基準が違うひとについては、ご苦労さま、尊重しますから、がんばってくださいねっ、と、ぼくの方は考えています。ぼくの領域に干渉しないならば、ねっ。
 価値観の違うひとって、かならず、自分の方が正しい、って思ってるのが不思議です。また、価値基準が違う、という意味がわかっておられないようです。ぼくは、自分が間違ってるかも知れないとも思うから、どっちだっていいし、整理整頓って大事だ、と思っていますけれど、指摘を受けて反発でってことじゃなくて、そもそものところで発想とか感じ方や考え方に妙な違和感をもちます。
 そういうたぐいの話をすると、えらく気張って強調されるんで、あぁ、自分の価値観だけでものを言っておられるし、ほとんどのひとが、そうした中身を唯一の常識だと考えているんだろうなぁ、とわかります。だから、それ以外の思考って、想像力さえおよばず、考えてみるってこと自体がありえないんでしょうねっ、ふっ。
 そういうものも、ひとが大切に思うことなのでしょうが、たとえば会社に個人宛でとどくものが自分のところに開封されて回ってきても、平気なのかなぁ、とか、いろんなことについて、よく話しあってすすめてゆくことの大切さや、たとえば、最賃生活体験中の栄養補給のためにあちこちで徴発、もとい善意からいただいてまいったお菓子類が、なにか留守のあいだに、どこかへいっちゃったら、自分だったらどう思うだろうか、とか、すくなくとも、プライバシーとかデリカシーとか、ひとが大切にすべきことは、文化と人格の水準をかたちづくっているでしょうねっ。ぼくは、そういうものを、ひととひととの関係における民主主義ですから、大切にしたいです。あらゆるひとの相互尊重と平等互恵のヒューマニズムこそ、組合民主主義が土台においているものであり、かつジェンダー・フリーの観点に貫かれている中身でもあって、だれもが身につけ、具体的なひととひととの関係のルールとして尊重してゆく必要を痛感しています。
 自分が正しいとか真理はひとつだ、とかこれまでの独善的思考に反して、思想信条の自由や内心の自由を人間学的に根拠づけてゆく、1000億の脳細胞の研究がすすんで、ニューロン細胞の発火作用や、扁桃体およびとくに海馬と神経ネットワーク網であるシノプスの働きがつきとめられてきています。おもしろいことですねぇっ。つまり、異なる思考方法は、可能なのであり、また、新たな文明の兆候が広がりはじめている、ともいえます。

 てなことで、どういうことかは不明ですが、収支報告にいってみたいと思います。
 昨日の残金は、ぼくだけのが23,932円、看護・介護込みは、マイナス32,151円でした。
 母のトースターが、5,380円
 母の蜂蜜、水とお茶、ヨーグルト、リンゴなど、3,177円
 ぼくの昼飯のバウンドケーキとじゃがいもの煮付け、526円
 いやぁ、お祝いですよ、エドウィン・ジーンズ1本が、6,195円
 ぼくの晩ご飯は、牛を喰わんとスタミナがなくなるため、最賃生活中のためおごってもらったステーキ・セット、0円
 あひゃっ♪ インチキではっ? いえいえ、ちゃんとおごりでしたともっ。
 ということで、ぼくだけの支出が計、6,721円で、母の分をふくめると、15,278円です。したがいまして、残金は、ぼくだけのが、17,211円、看護・介護込みは、マイナス47,429円でした。
 1日おくれのupが定着してしまっていますが、挽回しなきゃいけませんねっ。
 おやすみなさいっ、ぼくの大切な愛するひとっ☆

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2月22日(木)はれ、あと1週間で解放の、ときへ

01_83  待ち望む解放のとき、それは、かならず、やってきます。
 単純作業でもそうですよねぇ、50部とか資料をつくってるときは、印刷して、製本して、分量が多いと、いつ終わるのか、黙々とやってるのが馬鹿らしくなることがあるのですが、きっと完了し、達成したっ、という実感がきます。
 労働争議でもそんな気分になったことがあります。先の見えない暗いトンネルをすすんでおり、一体、いつ解決するのか、なかなか厳しい、というときがあります。決着をつけ、解決させてゆくため、みんなでちからを01_84あわせて、たたかいつづけてきました。
 おうちは、一時は15件ほど、同時に紛争をかかえてたたかっていたときがありましたけれど、いまは、すべて解決にいたっており、0件です。
 最賃生活体験も最賃介護も、基本的には、2月28日で完了させる準備にはいるべき、最後のラストスパートをかける、とき、がきた、とぼくは思います。よしっ! あと、1週間ですっ。
 今日、母のMRI検査の結果を特診室で説明を聞き、頭部断面の輪切り状写真を見たところによると、母の脳は、血管破裂も01_85瘤状異常もない、萎縮もない、梗塞も血栓も出血痕もない、なんにもないっ、て、とてもめでたい結果でした。
 つまり、問診テストでも、血液検査でも、CTスキャンでも、胃カメラの検査でも、MRIでも、なにも内臓や脳の損傷も病気も、いかなる健康障害も発見できなかった、ということなのです。
 めでたいっ!
 じゃあ、14日から今日まで、そして、いま母が自力での直立と歩行が困難となり、手と指の力がなく、ペットボトルの栓すらあけられない、って、なんで起こってるのでしょう01_86 かっ? かつ、14日に、なぜ、突如として、その現象は起こったのでしょうかっ?
 老化って急に出るってことはないでしょう? ヴォーヴォワールの老い、とか、勉強しないといかんのかっ?
 メンタルっ? 少なくとも2回以上の激しい転倒によって、後頭部を強打したことで、痛みと恐怖とショックが母を襲い、気力と体力を一気に奪った、ということは、ありそうなことです。はぁ~っ、ひとは弱いなっ。そのようなことは、だれにでも起こる可能性がないとはいえません。助けられずにほぉっておかれたら、どうなっていたことでしょう?
 たとえば、ぼくが街を歩いていて、亀をいじめている少年たちに遭遇する、としますよねっ。これこれ、ちみたち、亀さんをいじめたら、海の底に引きずり込まれちゃうんだよっ、とぼくが少年たちに警告します。すると、パニックに陥った少年たちが、ぼくに石を投げつけ、それがぼくの左目を直撃して目ん玉がつぶれちゃう、あぁぁぁっ、痛いがねっ。ばたっ、とぼくは倒れる、としましょう。これ、ほぉっておかれたら、どうなっちゃうんでしょうねぇ? 目が覚めたら、鯛やヒラメの舞い踊り、だったらいいのにねぇ♪
 なにか、わけがわからなくなってきましたが、まぁ、そういうことですっ。
 無関係に、会計収支にいってみます。
 昨日の残金は、ぼくだけのが、32,462円、看護・介護込みは、マイナス21,221円におちいってしまいました。これは、絶対、元に戻りません。時計の針だけは、逆に回すことができたって、とき、は二度ともどらないのですけれど、ぼくは、その、とき、も、空間も、すさまじく壮大な連関性のもとで、たえず、固定的でなく、ぎっしりと運動そのものの埋め尽くされた、全宇宙時空の一環に自分がある、と感じています。うむっ、そりゃあ、収支となにか関係あるのかっ?
 え~っと、病院へ往復のタクシー代、1,480円
 母の診察代と薬代、栄養剤込みで、920円
 ぼくの昼飯は、しゃきしゃき野菜サンドとおにぎり2ケ(小)で、340円
 母の点滴中にお店を見てたら、ちょっといいシャツと、マフラーとトレーナーを見つけたので、購入しましたが、そのお代が、しめて、6,560円、しまった~っ!
 晩飯は、酢豚定食に餃子で、1,250円
 事務所までの往復交通費が、380円
 母になんの病気も見つからなかった祝いということにさせていただき、ぼくだけの支出が計、8,530円で、母の分をふくめると、10,930円です。したがいまして、残金は、ぼくだけのが、23,932円、看護・介護込みは、マイナス32,151円で、チャレンジャーをつづけることができるのか、すこし危うくなっております。
 でも、着るものがなくなってきているのは事実ですし、服を買ったのって必要に迫られてたことのあらわれですし、どうせ買うなら気にいったのでしょっ、安くて気に入らないのは最賃生活者でもだめでしょっ、買わないでしょっ?
 ぼくは、つくづく、働いているひとびとが、最低賃金の収入だけで、ただ食べるだけだとしても、きっと力がつき、生きる希望を失ってしまう、と思いますが、それは、母のような急な病気により倒れることとは反対に、緩慢なプロセスでおこってゆく事実に違いないのです。

 なにより、気持ちと感情が殺伐としませんかっ? ぼくは、愛するひとを、すがるような想いで、自己の脳内に映しだし、幻視し、架空対話をおこなっている、っていう、きわめてあぶねぇ、記憶メモリの活用による人工的な潤いのなかにあります。わ~っはっはっはっはっ♪
 雑談、余談、冗談が大好きですが、これくらいにして、寝まっさっ。
 おやすみっ、愛するひとよっ!

 
 

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2月21日(水)はれ、最賃介護は借金生活へと突入

01_78  おめでとうございます、ナショナルのジューサーはすばらしいリンゴジュースをつくることができ、母は大喜びですが、最賃生活財政諮問委員会は、破綻を通告いたしてくれちゃいました、あっはっはっはっ♪
 あったりまえですよねぇ。
 おめでとうございます、深夜にVistaを起動いたしましたら、アクチ・エラーにより、もぉ動かなくなっちゃってくれちゃいました、ふんっ。
 動作テストはすんだってことで、3月になったら、Vista UltimateのDSP版でも買ってあげましょう。

 ということで、早々に会計報告をばっ。
 昨日の残金は、ぼくだけのが、35,450円、看護・介護込みは、マイナス22円でした。
 母のためのミキサー・ジューサーは、4,000円引きで15,800円
 ぼくの昼飯は、上うな丼と肝吸い、1,985円
 母の梅干しと飲料水ほか、2,253円
 ぼくのヘルシア緑茶、498円
 ぼくのコーヒー、125円
 ぼくの晩飯代わりの串団子、158円
01_79  ゆうがた、事務所に行ったので、交通費が往復で、380円
 ということで、ぼくだけの支出が計、2,988円で、母の分をふくめると、21,199円となりまして、残金は、ぼくだけのが、32,462円、看護・介護込みは、マイナス21,221円ということになりました。

 最賃生活は本当に過酷で、その所得しかえられない労働者は、電化製品も、耐久消費財もキャッシュで購入することは、おそらくできません。
 これまでの記録からも明らかなのですが、ぼくは、ことしは温風ヒーターが壊れたことをさいわいとして、灯油を買って01_80 おりません。1月に電気ストーブにきりかえました。暖冬だからできたのかも知れませんね。また、ちょうど髪が伸びていたので、1月末に床屋へ行きました。朝晩は、とても冷え込む日もありますが、日中はこごえるとか手がかじかむということはありません。
 いろんな方に心配をおかけしましたけれど、ぼくの風邪は完治しました。母の看護・介護は、順調に推移しています。MRI検査の結果が良好であれば、あとは足と手が元に戻るなら、今後の生活設計を正常化させるために必要な手だてを適切におこなうことに限定されると思います。
 地域共同体と家族関係が変化してきた歴史のなかで、自立心の強い独居老人となっている母を、今回の経験により、どのように正常な生活環境にするか、が問われることとなろう、と思います。

 ぼくは、日本国憲法が、戦後の早い段階で、男女両性の対等平等をふくむ、ジェンダー思想をかかげていることを、きわめて高く評価しています。
 古代文明においてのいにしえの智慧というべき、原始キリスト教とグノーチス学派にも、ゴータマの考えのなかにも、ジェンダ01_81 ー・フリーはみられるし、しかも相当に古い段階で、それがゆがめられおとしめられていることに、非常に関心をもっています。女性に対する抑圧は、支配手段とかなり深く結びつけられているのではないか、という点です。ところが、19世紀ロシア文学において、チェルヌイシェフスキーらリアリズム文学の闘志たちは、女性の二重のくびきからの解放をも正当に位置づけてきました。もちろん、イプセンの人形の家をはじめとする、さまざまなあらわれが世界文学史上には存在しています。
 文学少年であった、ある阿呆は、しかし、ロシア文学の19世紀から20世紀の小説にあらわれた、ジェンダー思想につよく引きつけられました。
 ドストエフスキーの小説に登場する女性たち、トルストイのアンナ・枯れニーナ、ふふふっ。そして、20世紀のロシアの小説にも、それは息づいています。
 言うまでもなく、科学的社会主義の創始者たちの理論と運動は、天の半分を支える女性の、過去に比類のない参政権運動をはじめとする解放運動に直結しています。
 ぼくが愛する青年たち、高齢貧困層、そして、女性のたたかいの時代は、今日の社01_82 会状態のもとで、労働運動のもっとも先進的な、もっとも誠実な主力部隊とともに、おそらく浮き彫りのように変革の勢力としての要求と結集への課題を提起しているものとぼくは考えています。
 この世の中を良くしてゆくうえで、それらの階層のひとびとが、たたかう労働組合に団結する意義は、いくら強調してもしたりない、と思います。
 たとえば、看護・介護は、もっぱら女性がすべきこと、とは、ぼくはまったく考えていませんし、男性は気遣いとか気働きで女性に劣るなら、そうした優れた特性を高く評価しつつ、みずからも真剣に身につけてゆくような努力が、かならず必要です。
 真の男女平等、男女共同参画社会をめざすなら、また、たたかう労働組合はその点においても先進闘士の役割を発揮すべきであるなら、できる限り多くの役員は、ジェンダー論をもしっかりと理解しておくべきであるばかりか、率先して実践してゆくことが大事ではないでしょうか?
 家計簿をつけることだってそうだし、自分の1カ月の支出をきちんと把握することだって、そういうこととの共通項があると考えるなら、最賃生活体験運動という入り口は、多様な運動のもとでの意義を深めうる、と思います。
 おぉっ、やっと、最賃生活体験らしい感想をはき出してしまいました。
 おやすみなさい、また、あした、です。   

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2月20日(火)はれ、ある阿呆の肖像~幼少年期~

01_6   いやぁ、なにごとも体験することが意識の発達にとって重要だとしても、病人をみるってことは、なかなかしんどいことですね。どんなことでも、1週間とか10日くらいやってみると、こりゃあ、できたら、お仕事には自分はしたくない、と根をあけてしまいそうです、軟弱ではいかんっ、しっかりやれっ、自分っ!
 でも、そこでふと思うのですが、こうしたえがたい経験って、どこか素敵な気もします。これを乗り越えたら、母は元気になるに違いないのです。ひとに自然にそなわっている治癒力、快復力は、癒しの聖女の言われるとおり、偉大です。大丈夫、大丈夫っ!
 ぼくは、どんどんと自分の意識が変化してゆくし、ヴァイオリズムはうつろい、そのような繰り返しての気分のなかで、おそらく、なにかを見いだしていってる、とすると、きっと多くのひとびとが、ほぼ同じものを見いだしている、と感じます。
 すると、ぼくの孤立感や、どこからなぜやってくるのかわからない悲しみは、どれほどに根拠があることなのだろうか、と疑問をいだきます。
02_1 これは、人間の個人性の限界をいつも、見とどけるための、狭い、まちがった世界の認識から、ぼくにおとずれている、歴史の扉につづく壁、なのではないでしょうか?
 ベルリンの壁っ?
 奪われ、隔てられ、遠ざけられている、人間のための人間らしい社会へむかってゆく、そうしたたたかいのなかでの、ぼくの狭く貧しく損なわれている世界認識においての 壁っ?
 なぜ、どのような仕組みのもとに、ひととPhotoひととは離ればなれにさせられているのでしょうかっ?
 こころの通いあう、あたたかい、本当の人間的な社会にするなら、そのような壁は、打ち破られてゆくのではないのでしょうかっ?
 ぼくは、そう思うと、自分の偏狭な認識やこころが、どうすれば無垢になり、純粋になり、間違った思いに濁らされず、美しく生きることができるか、をもっともっと、よく知りたいです。
 いま、ぼくは、母の存在がなかったならば、ぼくの存在もない、という考えから、看Photo_1護・介護をとりくみとし、母の病状のうち、睡眠障害と食事や水の摂取障害の除去に成功し、認知症でもないことを確認するに至り、やれやれっ、というところまでくることができました。これも、みんな励ましていただいたり、さまざまにサポートしてもらったり、仕事を替わりにおこなってもらってきた結果ですが、あと、手のリハビリと自力歩行ができれば、14日の状況と比較すると雲泥の差、というところです。14日の早朝に起こったことは、おそらく、2・3回の顛倒と後頭部の強打、ショックと恐怖がつづいたことによる、とみています。母は、ショックと恐怖を忘れることで、病からは脱却しつつあると思います。
 母が笑うことがふえました。ぼくがくすぐってるんじゃありませんよっ。でも、ジョークとばしたり、食事の仕方につべこべとスパルタ教育をおこなうぼくを、変な息子と思ってでもいるのでしょう。悪かったなっ、変なヤツでっ!
 ぼくがおしゃべりなうえ、世界と人間についての妙ちくりんな解説を介護をしながらぺらぺらと話すので、どぉして、こんな子ができたんだろぉ、と困って笑ってるのかも知れません。あんたが産んだんだろ、胸に手を当てて考えてみるがいいっ!
 母が、倒れたときに、自分の死を考えたことは間違いありません。さいしょは、一生懸命に、自分の資産目録や平安閣の手続きをぼくに伝えようとしていました。ぼくは、そんなもんどぉでもいいから、キンさん・ギンさんみたいに、100歳、100歳、元気、元気、と言っておくれっ、とこたえました。
 そして、親鸞の教えや、心教の中身について、えんえんと講義してさしあげました。ありゃ、寝とるがねっ、こころ貧しき者はさいわいなるかなっ♪
 どうでしょう、2月末までに、完治させてあげることができるでしょうか?
 今日は区役所の介護保険の調査員さんとお話しし、ぼくも、22日には、医師の最終的診断のもとに、本格的な職場復帰と、目標としているとりくみ、を再開したいですから、母に対する介護あるいはサポートの計画を意識しつつ、日々を生きてゆくこととしたいです。スロープを壁につけるのがええかのぉ、おぉ、母がりんご喰いたいと言ってるので、あなた、ジューサーどぉしたのっ?と尋ねますと、使わんかったんで処分した、とのこと、わかった、あした買ったげるからねっ、ということで、ぼくの最賃介護生活は破綻です。わはははははっ♪

 それでは、会計報告です。
 昨日の残金は、ぼくだけのが、37,040円、看護・介護込みは、4,444円。
 本日の支出は、母のおかゆとうめぼしとカステラ、水が、2,876円
 ぼくの昼飯の、パン・ほっとゆず・紅茶・もみじまんじゅうは、730円
 ぼくの晩飯の、牛そぼろご飯とおにぎりとお茶は、700円でした。
 よって、ぼくだけの支出が計、1,590円で、母の分をふくめると、4,460円なので、残金は、ぼくだけのが、35,450円、看護・介護込みは、マイナス22円となっちゃいました、あははっ♪
  
 文化とは、ほど遠くも、PC雑誌はほぼ目を通し、まだ、Vistaのレジストリ・カスタマイズはほとんど情報がなく、つまらんけど、深夜にごちゃごちゃとソフトをインスコしたり、いじくって遊び、本も2冊ほど読了しました。ピアノの音楽は、聴くことができませんし、そのため、頭の中身が腐ったり、眠りによって元に戻ったりしています。愛するひとの声が聞きたかったり、逢いたかったり、とっても大変です。いかなる文化・芸術とも、切断された生活を送っているようだし、PCも深夜しか触れないし、未来を考えても、直近のところをどうしていくかっ、しか、とらえられないのです。それでも、ぼくに、愛と未来は約束されているというわけではなくても、とりのこされたり、さってゆく、ということはないと言えるのだろうか、と思えたりするのですが、どうもそうした疑い以上に、自分の想いは強いようです。あ~、よかったっ♪ すこし、こころは無垢になり、またじりじりと進んでるってことなのかなっ。
 とき、って、不思議だなっ。

 はやく戦列に復帰したいです。
 聖地のみんなの最賃ブログも巡回したいです。
 みんな、がんばってるんだろぉなぁ。
 たたかう仲間と、愛するあなたのしあわせを、はんせいしながらこころふかく祈るっ! 
 

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2月19日(月)くもり、迫りくる破局といかにたたかうか

01_76  最初に会計報告をします。
 きのうの残金は、ぼくだけのが、42,558円、看護・介護込みは、22,202円でした。
 きょうは、MRI検査です。
 
 前日の夜食べた中トロ刺身ご飯が1,000円
 交通費が病院の往復で、810円+590円と
 午後9時すぎに事務所に行きましたので、380円
 母のパジャマや肌着など、9,000円
 長命うどん(1.5玉、いかフライ、芋フラ イ、あげ入)とご飯で、780円
 病院(MRI検査と点滴)が1,840円
 パソコン雑誌3誌、2,808円
 晩飯(親子丼とみそ豆腐)、350円
 カステラが、200円
 今日は、ぼくだけの支出が計、5,518円で、母の分をふくめると、17,758円となり、残金は、ぼくだけのが、37,040円、看護・介護込みは、4,444円でした。

 きょうのMRIの結果は、あすでも出ないそうで、22日の木曜日まで、医療機関による01_77 正式な診察は不可能です。あすで1週間となるので、民生委員さんが手配をしていただいた介護保険適用の調査員のひととの話が、20日に入りました。

 それはそうと、ぼくは、なんの連絡も質問も報告もなくおこなわれている、あることに、よくよく考えたらきわめてむかっ腹が立ち、正直、そのいらだちを沈めるのが大変なので、パソコン雑誌を3誌、いっきに買ってさしあげました。あははっ。
 よくやるよ、まったくっ。
 なぜだか、Photoにも混乱をきたしているようで、どういうつもりだか知らないが、説明させてやらんといかんうえに、わしの顔に黄疸がでとる~っ? 黄色人種だから、顔が黄色いのは当たり前じゃっ。精神状態はちょっといかれてても、体調は悪くはありませんっ。
 しっかし、ぼくがおとなしくしとると、なめとんのかっ、な~んて毒舌とばしてると、品格がさがりますから、この程度でっ。むかむかっ。

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2月18日(日)くもり、ひとびとの良心と誠意と励ましにちゃんと応えてゆく

01_74  母へのつきっきりの看護・介護も、5日目に入り、任務も家もほかっておくわけにはいかないので、昨夜は春闘討論集会の準備が心配でしたから、事務所で2月・3月の日程表とか、議事次第とか若干の準備をおこなって、自宅に帰って眠りました。
 春闘討論集会は、職場総訪問活動の資料集などができていたので、ちょっと、ほっとしました。本来、ぼくがきちんと整理して、作成しておかなければなければならないところ、ご苦労さまでした。Ohiさまから、委員長とI副委員長がつくっておられたことを聞きました。ごめんねっ。
 討論集会は、出席はできませんでした。
 朝、母のもとへ戻り、委員長に電話を入01_75 れましたが、メモで依頼していたテープは、用意ができなかったようで、中央本部のH書記次長のお話が聞けないのは、かなり痛いです。
 いててててっ。
 誰かがちゃんと議事録とか きちんと内容をふまえた報告とかをしてくれるのか、とても気になり、タバコの本数が増えてしまい、もう1カートン買ってしまいました。と、ひとのせいにするっていうのは、よくないですよねぇ。
 病院への入院についてもそうですが、カネを積むとか、ずるいことをして入れてもらうことに嫌悪感がありますし、ひとはみな、やはり、小さな悪を注意深く避けるように、生きてゆくものだ、と思います。
 それでも、この世は、いかに悪によって濁り、けがされていることか、との思いもあり ます。
 とくに、いまの老人医療制度を改悪してきた結果は、政治という原因、とくに「構造改革」にあるので、そのようなけっして人間の健康やいのちをそこなう形をつくったひとびとは許せない、という感情がおこります。
 社会保障制度のたたかいをすすめることができる労働組合にならなければ、職場のたたかいにも当然、限界があります。ところが、職場のなかも、とても大変で、労働者のおかれている状況は、それっ、社会保障闘争だっ、てならないのです。
 そのうえ、たたかう労働組合運動の幹部活動家のなかに、そういう政策闘争や国民的課題をとりくむ運動方向は、地方単産の任務ではないかのように考えたり、主張したりする傾向があり、とても残念です。じっさいには、要求実現と、国民的課題を結合して、両面での運動を、職場からはからないと、たたかう労働組合や活動家は成長できません。これは、路線問題ですけれど、団結し調整しながら、未来へむかっての労働組合にならないと、政府・財界や資本のちからに勝つことはできません。そして、ぼくがそうした、ちょっとした問題点に過敏すぎることは、一方では共感力の大いなる意味に気付くとともに、他方では、それは違うんじゃないか、という違和感やそれによる闘争心をひきおこしてしまうことがあるので、もっと自分を慎重に見つめ直したい、と反省する日々をすごしています。
 ぼくは、この母の看護・介護という機会を通じて、さらに内省を深めることができれば、もっとひとびとの役にたてるようになるならしあわせです。逆に理解がえられないことは、ぼくはとても悲しいです。そして、ここ数日においても、ぼくの悲しみは、なぜ、このように、ぼくのすこしずつの前進とは裏腹に、じわっとひろがっているのか、がわかりません。
 でも、ぼくは、いま、自分におとずれているストレスを、母の病状の観察と同様に、じっと見つめています。多くのひとがぼくに携帯で連絡をとってくれて、ぼくを励ましてくれています。ぼくは、仲間の良心と誠意と励ましに、ちゃんと応えていけるようにしていきたいです。

 昨日の残金は、ぼくだけのが、44,478円、最賃介護込みは、24,122円でした。
 支出は、母のおかゆと飲料水が、1,392円
 ぼくの、にぎり寿司・サラダ巻きが、698円
 同コーヒーとヘルシア緑茶が、623円
 同たばこ1カートンが、3,000円
 今日は、病院がないので、交通費も使わず、ぼくだけの支出が計、4,321円で、母の分をふくめると、5,713円となり、残金は、ぼくだけのが、42,558円、看護・介護込みは、22,202円でした。
 はい、本日も一日遅れのupとなり、あすは、母のMRI検査です。
 おやすみなさい。また、あした。ぼく本人は、いたって元気です。あすも、元気に病院いきっ。

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2月17日(土)くもりのちおおあめ、自由にできる、とき、が、いまは、あまりないですが、未来があります

01_68  PCがなく、病状監視と原因探求にあけくれる日々をおくっておりますと、あそびた~いっていう欲求が強まってきます。ついでに、仕事もした~いっ、とか、街中をあるきた~いっ、和菓子喰わせろ~っ、まともなメシ~っ、とかと、最賃生活中だからなのか、介護生活中だからなのか、よくわからないうめきが聞こえてまいります。いまんところ、無視ねっ。

 そこで、本日は会計報告から
 ぼくだけのきのうの、残高は45,558円です。
01_69  最賃介護込みの、残高は、25,202円でした。
 昼飯は、600円
 夜中に事務所に行ったため、交通費380円
 リポビタン、100円
 以上の支出計、1,080円です。残金は、ぼくだけのが、44,478円です。最賃介護込みは、24,122円です。

 きょうは、土曜日なので、病院がありません。
 母に対して若い頃は美人だ、もてたでしょうなどとおだてて、薬をちゃんと飲ませることに成功したぼくは、カステラを1切れと、レトルトの白かゆを半分、うめぼし1ケの摂取をも達成しました。
 入院せずによくなったら、ウナギを食べに行こうっ、と話すと、うなづいています。
 母は、自分で住所をいえます。ぼくのしたテストは、アルバムから、写っている人の名前を次々に教えてもらうことでした。全然、ヴォケはありません。完璧に大丈夫です。
01_70 そして、いろいろと最近のことを聞いてい ると、以前に行っていた別の病院でもらった薬が身体に合わなかったようで、その要因もあったのかも知れません。
 ともかく、気力と体力をとりかえすのは、障害と困難な要因をとり除いてあげたらすすむのかなっ、と思います。
 聖地のサイチニスタ・ブロガーを巡回することができず、本当に申し訳ないです。
 また、これ書いてるきょうは、おうちの07春闘討論集会ですが、こちらも出席したかったのですが、無理です。
 時間は、ぼくに、はたして、ある、といえるのか、ない、というべきなのか、よくわからない状況です。
 おぉ、やっぱ、ないです。
 愛するひとよっ!
 
 また、あした。

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2月16日(金)くもり、若き日の母の肖像

01_4  さいしょにお断りしておきますが、ぼくはマザ・コンではありません、お~ほっほっほっほ♪
 言うまでもなく、モ~ホなんかでもありませんし、普通の、ノーマルな、健康体のおとこです、はいっ。

 ところで、最賃介護3日め、母は原因不明の病気のようで、どこも入院をうけいれてくれません。今日は胃カメラで、食事や水さえもの摂取不良についての検査をしてもらいましたが、半世紀ほどかかえているだろう慢性胃炎(日本人の多くが持病としてもっているらしい)のほかには、異常は認められませんでした。
 胃カメラと診察の後で、点滴をしてもらってトイレに介添えして行きますと、MRI検査の予定日である19日まで、生きていられるだろうか、と母が気弱に聞くので、もう一度入院はできませんか、と病院側に尋ねました。
 どこにでも、地獄の番犬のようなひとがいて、内科の背の高い営業笑いをしてるような看護士は、これ以上、どうしろって言うんですか、と最初から言ってのけてくれました。
 ぼくは、いえいえ、結構です。あなたとはお話をする意志はありません、と早々に話02をきりあげ、調剤薬局で薬だけ購入して、母の家に戻りました。帰りのタクシーの運転手さんも、いつも患者さんを乗せてるけど、この前も入院させてもらえん、と怒ってるひとがいたって話していました。ぼくは、怒れてくるっていうより、悲しくなりました。おそらく、まじめに仕事をしている医師や看護師さんたちなんでしょうね。厚生労働省の方針どうりに、なんの疑問も持たず、高齢者や家族が自分たちで努力せずに、ただ、病院に入院させてくれ、というのは、断固として排除しなければならない、という職務に忠実なだけなのでしょう。
03 検査結果が出ると一面正常なことにぼくはほっとしますが、本人も家族にも原因がわからないし、おそらく、そうした医学的な検査結果では出てこない病気は、およそ考えにくいため、大けがやガンなどのはっきりした形をとっていない場合は、多少の老衰による気力・体力の衰えとかヴォケなんじゃないの、と、現実には、病院にいる番犬がしっかりと拒絶しないと、入院希望のお年寄りたちで医療機関の役割が損なわれてしまう、という考えは、どこまでが正しいのか、疑問をもってしまいます。
 でも、これは、ぼくの専門分野じゃないうえに、ここの院長をむかし、知っているからとそっちから圧力をかけるなどということは、したくはありませんから、様態が急激に悪化して、若き日の母の肖像が、在りし日の…にでもならないかぎり、医療過誤等による訴訟はみあわせてさしあげます。
 ぼくは、自力でたたかうため、母のアルバムを引っ張り出して、母に語りかけます。
 う~む、なかなか、いい女じゃないのっ♪
 中略
 きのうまでぼ~っとし気力を失っていた母は、やっと、かすかに笑いながら、薬を飲01_66 み、水をも戻してしまう摂取障害と睡眠障害から、じりじりと前進しつつあるようです。
 カステラを一切れだけ食べてみましたが、これも大丈夫でした。
 まるで、ぼく自身の現状をみてるような気がしました。
 母との対話からこれまでにわかったことは、母は2度か3度、あわててトイレに行ったときに顛倒し、そのことばによると、ば~んと頭を打った、とのこと、うん、それは痛いねぇ、こわかったねぇ、びっくりしたんだねぇ。その恐怖感から、いろいろと体調不良の諸現象が起こっている可能性はありま す。
 ぼくは、いろいろなひとに助けられながら、入院ができない状況から、母を救出したと言いうる段階まで、いのちに別状がないなら徹底的にがんばるつもりです。なお、別状はあってもらっては困りますので、おひきとりいただきますよう、ぼくが地獄の番犬となって、追い返す所存です。内閉的精神世界と連帯し、現実世界にコミットメントするという、現代に変革においての二重の課題は、とりたてて新しいというわけじゃなく、本来の科学的学説においても、主観的世界の変革と客観的世界の変革の統一として認識されているものです。
 ここで、本日の会計収支です。
 昨日の、ぼくだけの残高は、47,141円
 看護・介護込みの残高は、32,661円でした。
 病院の往復のタクシー代(まだ、自力歩行はできません)、1410円
 点滴中に抜け出してのぼくの昼飯代、800円
 カステラ・飲料水その他母のための購入品、2,300円
 ぼくの晩飯のパン代、285円
 ぼくのヘルシア緑茶、498円
 病院の検査・診察料金、1,836円
 処方箋調剤薬局の薬代、330円

 ぼくだけの支出は、1,583円で、残高は45,558円です。
 最賃介護込みのの支出は、7,459円で、残高は、25,202円です。

 PCもなく、母の病状を懸命に観察しながら、風邪も真剣になおすよう努力して、ぼくは刻苦奮闘のたたかいを実践し、扉と壁にむかって、じりじりと前進しよう、と思います。
 これはフィクションじゃないですから、ほんとにつらいですけれど、ある意味、ぼくの脳細胞のなかでのシノプス(神経ネットワーク網)は、ますます、べき乗的にきたえられているのかも知れません。
 どのような愛も、記憶メモリの経験的なデータと、あらたな経験への直面する対応から、障害と危機を乗り越える力をひとに与えつづける最大のよりどころに違いありません。
 あ~っ、いててててっ、腰がちょっとっ…。母の身とぼくを案じてくださる菩薩のようなひとびとの同時代における存在は、いつもぼくのひかりです。
 ぼくは、自分の非力をくやむことなく、救うべきひとをかならず助けるため、それがぼくの救いであることを自覚し、前向きに、正直に、ひたむきに、無垢に、世界と人間に向き合い、みんなといのちをわかちあいつつ、生き抜いていきたいです。
 万物の根源、万能の力、マナ、魔法と奇跡へ愛のエネルギーを与えたまへっ!
 ほ~っほっほっほっほっほっ♪ (べつに、いま始まったわけじゃなく、頭がいかれちゃったというんでもなく、なんや、このハイテンションは、くらいに思っといてくださいね。)
 おやすみなさい。1日おくれ。

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2月15日(木)くもりときどきこさめ、泣きながらも無垢にたたかう

01_65  昨日付けで状況を記録したので、会計報告からいってみます。
 母のそばで一晩の看護・介護をし、朝、タクシーを呼んで、病院に向かいました。母は、いま、自力歩行ができません。
 朝のタクシー代と帰りのタクシー代で、1,620円です。
 母の診療費・検査料は、1,460円でした。
 足が冷たいと訴えるので、電気あんかっていうのを、電気屋さんにもってきてもらいましたが、6,400円でした。布団のなかで、電気毛布が寝ていましたが、なにも言わずにとりはずしておきました。ほんもののヴォケだとこわいです。
 ぼくの食糧の各種パンと、紅茶・コーヒーは、874円です。
 母が眠ってる間に、午後8時から事務所にちょっと来ました。交通費は、380円、本日の合計は、10,734円で、、残高は、32,661円です。まもなく破産です。
 これでは最賃生活にならないので、昨日と今日の分から、母親関連をのぞき、足し直すと、きのうは5,000円で、今日は9,480円の控除、つまり14,480円となりますので、残高は、47,141円に逆戻り、ということにいたしたい、と思います。えらいこっちゃっ。
 最賃生活者は、親にも子どもにも、愛するひとに、そもそも、なにかを買ってあげる、なんてことはできませんよねっ。医療費すらも、負担してあげることができません。とても悲しい現実に直面します。
 最賃生活者は、ひとを愛する権利とか、ないのですかっ?
 医療や介護の制度的欠陥は、人間的とはいえない、病院からの高齢者一般の排除と深く結びついたものであるため、これからの団塊の世代の大量流入による高齢化社会の最大の弊害となっていくものかも知れません。もちろん、年金制度の決定的な欠陥もふくめ、わが国社会がとても大変な状況となっていくことは、100年不安の構造を産んでゆくものだ、と思います。
 ぼくたちの最賃闘争は、ナショナルミニマムの基軸としての全国一律最賃制へむかって、高齢貧困層との連帯も最低年金制度創設へむけて大きな課題としているのですから、それは本当に壮大な歴史の扉を目の前にしているたたかいなのではないでしょうかっ。
 ぼくらか生きくらしている生身の現実は、価値観をまちがえると、とてもひどいものになっていく、と思います。とくに、民主的医療機関でさえ、人間性を基軸にすることのない考えがはびこるなら、いつでも非人間的なものに転落しそうですし、ひとの仕事にむきあう姿勢と個々の労働者の基本姿勢や考え方は、どうあってはならないかっ、ということを検証していくべきです。
 それは、ぼくの任務や労働組合運動の位置についても、そうだと言わなければなりません。このことを狭くしか理解しないしできないひとびとが多いあいだは、ぼくらは真の役割をもって、ぼくらの外の人びとからは正当な評価を受けえないのではないか、ということは、ぼくの苦痛と悲しみのひとつの源です。
 その悲しみにこころをふるわせて、それでも、本当にひとつでありたいと願い、一緒にあゆみたいとこころざし、現実のたたかいで手を握りあうことを強く志向するっ!

 おやすみなさい。あしたは、母の胃カメラにつきそいのため、書くことができないかも、です。たたかうサイチニスタの仲間と、愛するあなたのしあわせをこころから祈る!
 
 
 

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2月14日(水)あめ、冗談ではありません、最賃介護生活第1日め

01_60  母が病に倒れました。
 ぼくの動物的直感が、サングラスをかけたモグラに扮してツルハシでダイヤモンド鉱脈を掘り当てようと、せっせとこの世界を考古学者の真似をして探索していたとき、12日から風邪に襲撃をかけられ治ってもいないというのに、プライヴェートな領域で新たな思ってもいなかった方面から、ぼくの危機はやってきました。とんでもないことです。
 いらっしゃ~いっ♪ じゃないですよっ。
 14日午後2時ころ、母が倒れたという突然の知らせを事務所で受け、え~っ、1週間前まで冗談言って笑ってぴんぴんしてましたけど、けど、そりゃ、大変だっ、と、ぼくは、首つり屋敷に電車に乗り、タクシーをひろい、駆けつけました。
 ろれつがまわっていないところがあり、顔色があおく、顛倒して頭を打った、とか、水を飲んでも戻してしまう、食事はとれない、足下がふらふらする、とおぼつかない口ぶりで話す母を、ぼくはとくかく、入院させなければと考えて、信頼をおいている民主的医療機関の病院にタクシーを呼び、連れて行きました。
 ひどい、医師がいたものです。1・2分み01_61て、別の病院にいくよう言うのです。しかも、そのわずかの間に、その医師に携帯電話がかかり、あと5分したらかけ直して、と言っているありさまです。
 ぼくの抗議に、Kは副院長だと名乗り、入院させるかどう かは、自分が決める、と言いました。そのあとの看護士さんとの話で、院長がもう一度、ていねいに検査をおこなってくれはしましたけれど、午後6時すこし前の段階で、結果は同じでした。緊急入院に足る病気が確認できないというわけです。途方に暮れたぼくは、あちこちに連絡をとり、別の病院にも行ったり、また別の病院にも問い合わせしましたけれど、結果的に、緊急で入院できるところは、見つかりま01_62せんでした。
 介護保険制度ができて、医療と介護が分離されているもとで、多くの高齢者やその家族が、同じ思いをなめているのだろうなと、つくづくと感じました。
 タクシーを呼んで母の家に戻り、ぼくは言いました。
 母さん、心配することはない。ずっとぼくがそばにいる。あした、もう一度、もっといい病院に行こうっ。今夜は、安心しておやすみっ。
 これは、冗談ではなく、予期せぬことではありましたが、本当の出来事です。
 風邪どころではありません。
 ある意味、最賃生活体験どころでもない01_63かも知れません。
 ブログ? 冗談はよせっ、てくらいのものでしょうかっ?
 突発的に発生したこの事態は、最賃生活者には耐えがたいことに違いありません。まったくの想定範囲外のことであるばかりか、あってはならない状況です。
 とくに今月の後半は、素敵な闘争時期であり、15・16日は愛知共済会の一泊事務局会議、、17日に職場支部の結成大会やF21支部とアクリルの春闘臨時大会、18日が春闘討論集会、21日には地域総行動など、どっ~ひゃ~っと、運動が展開されてゆくときです。
 いやはや、母の介護は、14日と15日に01_64診察・検査、16日は胃カメラ、そして19日にMRIをおこなう予定ですが、からだがふたつほしくても、ぼくは二人もおりません。
 ぼくは付きっきりで完全看護・介護をします。
 選択肢はありません。
 でも、最賃生活チャレンジャーの道も捨てません。
 はてさて、どこまでやれるのかわからないとしても、両立させていくしかないのです。
 退路は断たれ、ただ、前に進むしかないながら、母の病状を観察しながら、そばにいる二重生活が開始されました。
 救いであるのは、脳のCRTとか、血液検査による栄養状況などあらゆる検査結果が、要するに緊急入院を病院側が断るに足る、良好な数値などを示していることです。
 それを見るかぎり、ただちに、いのちに関わる障害は、どこにも見られません。ほっといたら、いっちゃうけどっ。
 ぼくは、自分自身は、風邪薬を適切に服用し、鼻水は出るものの、熱は多少ともさがっています。
 ぼくは、いかなる試練も乗り越えて、健全なこころをたもって、生き抜いていきたい、と思います。
 いかなる種類の愛も、ぼくの生きる励みであるならば、ぼくは正直に無垢にそれと向きあうこころをみつめ、現実とたたかいつづけていこう、そして愛するひとのためにたたかおう、と思います。
 で、会計報告です。
 朝飲んだ、ほっとゆず=120円
 朝食べた、りんごデニッシュ=137円
 昼飯の、親子味噌煮込みうどんとご飯=1,103円
 交通費=190円×2+880円+810円+860円+990円
 母の診療費=1,460円
 晩飯の助六と赤飯=199円+176円
 しめて、7,115円。残高は、43,395円
 近々、「最賃生活者は親が病気になっても絶対に介護ができない日記」、と改題する可能性があります。入院できずに、ひたすら看護・介護を自分でしなきゃならないのも大変には違いないのですが、これで入院していたら、もっと空恐ろしいことになることは、火を見るよりも明らかです。なんて、カネが支配し、カネに従属しなくちゃ住みにくい世の中なんでしょう。ぼくは、カネに従属するくらいなら、億という単位でお願いしたいです、な~んちゃってっ♪
 それにしても、要介護者をかかえている家庭で、かつ、そのために職まで失うと、この地の社会保障制度では、生きていくことはできなくなっちゃうんですよねっ。残酷な社会です。

 お父さん、お母さんを大切にしましょう。愛するひとを大切にしましょう。おやすみなさい。
 1日おくれのupです。 

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2月13日(火)はれのちくもり、激動・分岐・再編の流れのあらわれ

01_58  前日から2日間にまたがる記述となっておりますが、この日は強制休日といたしました。
 午後3時ころ、風邪が治りますようにと念じつつ眠りについたときも、まだ39℃台の熱が引いておりませんでした。
 1円も使わずに、眠っていようか、と思っていましたが、次に、午後8時半ころに目覚めると、こんなことしておってはいかんっ、あたたかい食べ物を栄養として吸収すべしっ、てことで、すこし出かけました。
 鍋焼きうどん、ドテ煮たまご、冷や奴、ご飯と、たらふく、ちょうだいいたしました。
 全部で、1,580円でした。
 残高は、50,510となりました。
 その後、風呂に入りまして、熱い湯につかり、さっさと寝ました。熱は、くすりで、下がっておりますが、体調は、異常がつづいています。
 タイトルにかなった中身が、意識のなかにあっても、書くことができない模様。
 ごめんなさい、また、あした。

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2月12日(月・振り替え休日)はれ、トヨタ総行動に1600人が参加

01_55  最初に、支出計算です。
 交通費が380円。
 朝飯は抜き。
 昼飯、ひれかつ70グラム、1,200円。
 お茶、豊田生協にて、140円。
 晩飯、肉野菜炒め定食、680円。
 しめて、2,400円。
 残高は、52,095円です。

 健康状態は、異常です。13日朝の時点で、39.6℃の熱が出ており、強制的におしごとを休みました。団交1件、会議1件、すみません、ぼくの出席はキャンセルで01_52す。

 子どものときから、腺病質で、風邪をひく と、脳が釜ゆでの刑にあって、熱が39℃とか40℃をこえたこともあったのです。中学生くらいまでは、それでもまともだ、と思ってたんですが、中学3年以降から、徐々におかしくなってきちゃってるのかも、です。
 その結果、脳細胞は牛ちゃんの胃袋と同じような組成に変質したのでしょうか、はげしいケイコートーとなり、ひとつのことを幾たびも反復して咀嚼します。ひよっとすると、01_53脳のなかに、髪の毛や歯や爪などができていて、ピノコちゃんならぬ、だれかがお住まいになっておられるかも知れません。
 
 冗談はそれくらいにして、今日は午前10時45分に事務所に集合し、中央委員長さまと、I副委員長、A氏とともに、お車にて、トヨタ総行動 にいってまいりました。
 お昼ご飯を食べて、会場につきましたが、01_56 もう、ぜんざいはなくなっていたようです。ちっ、失敗だぜっ。
 なんといっても、甘いものが大好きなぼくなのでした。

 神奈川や東京から、おいでになった、全労連・全国一般の仲間にあいさつをさせていただきました。デモ行進の案内要員となっていたので、会場出口と終結地点ちかくの地下通路入り口で、むにょむにょっ。

 おわりまして、とにかく、ノドをうるおしたかったため、生協の自販機でめずらしくお茶を購入しました。

 夕方から事務所でごろごろしていたら、だんだんと体調の具合がよろしくなくなった気配があり、晩飯を抜くかどうしようか迷っていましたけれど、深夜12時24分の最終電車に乗り、自宅の近くの松屋に入って栄養補給だけは、とりあえず、おこなっておきました。

01_57 ものを考えることがおっくうです。
 書くこともけだるいです。
 
 現在の時間は、2月13日の午後2時40分です。

 それでも、這ってでも、病を治癒し、眠り、あすのたたかいにそなえなくては、と思います。

 いまから、もう一度、眠ります。
 ナイス・ドリームが待ってるのか、悪夢が待ってるのか、眠る前にはわからないとしても、べつに、かすかに悲しいだけで、気分はそんなに最悪ってわけではありません。
 あしたが、いい日になるといいなっ、と、ほのかに思います。
 さわやかで無垢なぼくになっていきたいです。
 おやすみなさい。おぉ、13日の分は、いつ、書くんだっ? いま、カネは、1円も使っていないぞっ。ということは、折り返し点は、ゼロの認識をもって、スタートするってことかっ。ふふふっ、ふふふふふっ。 

 

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2月11日(日)くもり、何度でも泣きながら立ちむかへ!

01_48  昨夜も、酔っぱらって、眠りこけてしまいました。
 最初に会計処理をすませます。
 交通費=380円
 お昼ご飯(いか肉卵入りお好み焼き)=320円+大判焼き2ケ=160円
 晩ご飯・懇親会(かやかや)=参加費2,000円
 本日の支出計=2,960円
 残金は、54,495円、残日数17日で、一日あたりだと単純平均は3,205円となります。月末支払いを考慮し、使えるお金を4万円と仮定しますと、一日あたりは2,301_49 52円となり、って、いやじゃ~っ、こんな馬鹿馬鹿しいけちけち人生はっ状態になります。
 どうして、喰っていくだけの、そんな金の亡者みたいなせこい生き方を最賃生活者は強制されなきゃ生きていけないんだっ、くらしが苦しく、カネで悩むことが、なにが楽しいですかっ、と思ってしまいます。本当にその生活費だけで苦しいくらしを支えている人たちが、これからどんどんと増えていこうとしていることに、むなしさと不安をおぼえます。
 ここのリアクションは、怒りをもって、ワー01_50 キングプアの皆さんと共に、たたかうぞっ、ということじゃないといけないのかも知れません。
 ところが、ぼくは、昨夜、日本アクリル分会の仲間たちと、ごちそうを食べ、ビール2杯、お酒をぐいのみで2杯ちょうだいいたしまして、なにか、ひけめを感じるっていうか、照れ笑いせざるをえないのです。かやかや、というホテルの中のお店で、ふぐ鍋を食べている最賃生活者なんて、許されると思いますか?
 ほんまに、最賃仲間から、ひんしゅくを買い、非難ごうごうとなるかも知れません。
02  もちろん、ぼくは、何が悪いっ、これは任務の一環じゃっ、ちゃんと参加費も自腹で払ろたわいっ!自分の甲斐性でなにを喰おうが、ひとの勝手じゃっ!最賃生活おわったら、打ちあげでみんなで食べましょう、と言うか言わないかは別として、思っています。でも、聖地のtunaちゃんとか、悲惨な食生活をしている若者たちには、本当に食べさせてあげたかったですが、そのひとたちの分まで、おいしくいただいておきました。だって、そうするしかないんだもんっ。
 ぼくたちの運動って、偽善的な同情ではなく、信頼と共感にねざす団結によるたたかいなんだもんっ。たたかいのなかで、ぼくたちは自由であり、羽をひろげて、大空へむかって飛び、地上の火花と火柱をじっと見つめ、カオスのラビリンスを火文字のように歴史の扉にむかって進軍しているたくさんのひとびと、高齢貧困層、女性たち、予想もしていなかったたたかう青年労働者の大群へ、そっと目を細め、そこにいるあなたに愛の想いを伝えているんじゃないかなっ。
 もしそれがなにも変えることができないのならば、価値も意味もなく、自分はただ、寝言は寝てから言うようにと自分に言い聞かせ、なにも考えることなく、武装と結界に守護され、政府財界との永遠の戦闘に身をまかせてゆけばいいのだ、と思います。そうしたたわごとにつきあっていただいて、すこしでも本気で考えてこられた方がいらっしゃるならば、申し訳なかった、と涙を流し、ただ頭を下げて謝罪し、殴るなり蹴るなり好きにしていただいてかまいません、と土下座しまくり、このどこからきているのかわからない悲しみに身をゆだねるしかないのかもわかりません。
 でも、ぼくは、なにひとつ失わず、あきらめず、捨てず、自分以外のあらゆるひとやものや万物の価値をけして否定せず、見いだし、光をあて、希望をじっとみつめ、想うことは自由であって、ここにぼくはいてもいいよねっと、そっと自分をも全否定せず、許し、無垢に生きていきたいとのぞみ、みんなと仲良くありたいと願い、ゆめ・をかなえてゆきたい、と志向するっ!
 おぉっ、あっちっちっちっち。熱いぜっ、ベイビーっ!

 はい、おしまい。いまから、トヨタ総行動に行ってきま~すっ、また、あしたね~っ☆
 

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2月10日(土)くもりちょくちょくこさめ、10日間の貧困による精神的空転かじりじりと前進か

01_44  午前9時30分に大曽根にて車でひろっていただき、米国防総省のようなところへI副委員長、Y執行委員とむかい、尾中のボスと合流して、7名の方々と、会社をよくする未来は労働ルールの確立にあることとその準備について、話し合いました。
 そのまま、事務所におくりとどけていただき、D学園準備分会のNさんと、遅い昼食をイオン帝国に出かけて、とらさせていただきました。そして午後5時に、またまた、I副委員長とともに、瀬戸へ、I清掃支部全体会議に参加させていただくため、走っていきました。
 どうも、疲れがとれていないのか、車中で居眠りしました。
 そして、直帰し、空腹感、飢餓感、消耗感がぼくをさいなむのをなぐさめるため、コンビニにより、あんまんとおにぎりを買いました。
 今日は、移動がすべて、お車の助手席でしたので、交通費は1円も使わずにすみましたから、いいんです。
 しかし、中盤への折り返し点で、この生活の仕方、お金の使い方に修正を加えないと、もたないかもしれません。
 なにがもたないか、って、ひとをゆっくりと01_45貧しさのマイナス要素へ引き込んでゆく、い くつかの力が存在し、それへの抵抗力や反発力だけでは、現実のたたかいにおいてのエネルギーが削り取られてゆく、蛭に血を吸われてゆくようにゆるやかに生命力が失ってゆく、精神が空転してゆく、という予感があります。
 単純に胃袋に、なにか足しになるもの、ふくれればいいものが入ってゆくことで、ひとは満足するものでしょうかっ?
 満足でこそなくったって、食、とは、それだけのことにすぎないのでしょうか?
 栄養とは、血と肉になり、細胞を再生産したり、エネルギーとして燃えたりするものの総体かもしれません。
_01_1 でも、自然の一部である人間が、自然を改造して食料とし、自己と自然とを融合させ、かつ、ひととしての食生活のあり方を、ぼくたちは見つめるのではないのでしょうか?
 いったい、ぼくらは、どのような生命活動をしているというのでしょう?
 ぼくらの、いのち、って、なんなんだろうか?
 ぼくらが、日々の日常で、反復される行為としておこなっている、普通は1日3回の食べるってことは、これは、いったい、なんなんだっ。
 生命維持活動の一部なのっ?
 だったら、チューブ入りのジェリー状の栄01_46養の詰まった、味や色彩やっていうもののないようなものでもいいのでしょうかっ?
 でも、ぼくらには、時間がない。食事をつくったり、食べたりすることを楽しめるような余裕は、最低賃金生活者には、とぼしいです。
 人間らしく働き、人間らしく生きることをめざしています。でも、ぼくは、害食ばかりのうえ、買い食いを繰り返し、1日10時間以上はたらき、休みはまるでありません。これは、特殊な仕事だからというより、これに類似した働き方を青年労働者たちは強制されて生きているパターンが多くなっている、と思います。
 ぼくはいいですよっ。この仕事っていうのか、みんなととりくんでいる、この活動って生き甲斐と自分の人生の、ぼくのたましいの発露なんですからっ。だから、仕事とは言えないもので、仲間と組合員と労働者のみんなにささえられ、すすめていることです。
 これが、疎外される労働、強要され、圧力をかけられるもの、自分の意にそわず、けちをつけられ、勝手な指図だけをうけるようなものであれば、ぼくだって、いつまで、ここにいるかわかったものじゃあありません。
01_47 だれだって、いっしょですよねっ。
 このことって、金持ちと貧乏人、との関係の問題にもあてはまりますかっ?
 人間の強さと弱さ、金持ちと貧乏、労働における主体性と疎外、それらの相対的な関係は、資本主義の人間形成の限界をあらわにしつつあるのかもしれません。
 それはそうだとしても、それは、現実には空転し、なにも変えられず、なにも変わらな いことのように、いわば宿命的なもののように見えるのでしょうか?

 ここで、本日の会計収支、すべて、食べるものだけです。
 スパ(とろ~りチーズ・温泉卵のせ・ミートスパゲッティ)=998円
 あんまん=105円
 赤飯おにぎり=126円
 合計=1,229円

 金持ちなんて、くそったれだっ!
 貧乏なひとがみんな美しいといえなくったってさ。
 でも、そのことも包みこんで、みんな、一緒なんじゃないのかっ? ぼくは・きみたちが・大好きだっ!
 なんやこりゃ、だれかの小説にでてくる、ひとつの時代の、プライベートな象徴、ということかなっ?
 ならば、現実の構想、実績、まだとても追いつかないボリューム、資金準備、体制とひとびとによる美しい調べの整頓、そこへむけての一定の調整、これはこれとして展開することも必要ですし、折り返し点付近で、戦線をさらに布陣し進軍する必要があるようです。
 ぼくの精神活動は空転しなくったって、現実はむなしくすぎれば、疲労がむしばんでゆくものがあります。
 その苦しみが、ぼくの全身をつつみ、胸にせまってくる悲しみを、こんどはどうしてくれようっ。プロメテウスのように、腹を食い破られ、内蔵を生きながらにして他者に食われているとしたら、そんなにこわいことはありません。派遣元会社は、生きた青年労働者の生き血を吸い、内蔵を食い荒らしているのとは違うのでしょうか?ぼくには、そうとしか思えないです。ただ、打倒し、うちやぶって追放しようにも、上部構造の機構ってのはそれでなければならないとしても、現実は単純な方法だけでは解決しそうもないようです。
 ひとの人生と、革命、ふしぎな、とき。ぼくに、なにかを失ってしまいそうな、危険な予感が、染み通ってきており、この危機感、自分にとっておなじみの、そのさみしさのもたらす予兆が、本当に疲れだけからきているものなのか、ぼくは毎日を生きぬいて、検証するしかありません、それでも、ぼくは無垢に生きたいです。
 半日遅れのup、じゃあね~っ。
 

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2月9日(金)くもりときどきあめ、求め、そして、獲得するためのプロローグ

01_39  昨夜おそくに、たらふく、カレーを食べたことは、腹が減っては、いくさはできぬ、というオートマティックな戦闘にそなえた、ぼくの自然な欲求だったのかも知れません。
 けれど、朝飯抜きで、えんえんとお昼の12時20分すぎまで、22歳の青年労働者たちとしっかりと団結し、たたかいぬいて、昼飯(八丁味噌とんかつ)とご飯、1,200円をKKR三の丸会館で召しあがらせていただきました。1回で目標相当の勝利を獲得した青年は、女性が同じものを、男性はふわふわオムライスを、ずっとつきあっていただいた千種・名東地域ユニオン支部のT氏も、同じみそかつを食しました。獲得した経済的利益は、その一部を青年U闘争・設立01_40資金にカ ンパしていただき、組合費1年分込み、といたしました。あひゃっ♪
 ぼくは、たたかう青年労働者たちの利益の断固たる擁護者となって、ちからをふるい、サポートができるなら、本当にとてもうれしいです。
 本日は、交通費230円+190円、昼食代1,200円以外は、使っておりません。
晩飯ぬき!
 
よって、計1,620円で、残高は、58,684円です。
 なお、愛知共済会のIさんが、最賃生活をおくっている貧しいぼくを哀れんで、ぶんたん1ケと自分へのお誕生日プレゼントのお菓子をわけてくださいました。だんごは、Ph01_42otoを撮る前に、いきなり、がぶっ、むしゃむしゃっとかぶりついて1ケを消費し、かしわもち2ケは、夕飯がわりにと、おいしくちょうだいいたしましたが、これらは寄贈品あつかいでして、タダでございます。
   また、洋菓子は、K労組OくんがIさんに進呈したもののおすそわけで、貯蔵品として、ぶんたんとともに、わしの、と署名付きで事務所の冷蔵庫に保管して、のちに食べてやろう、と思量いたしておるところでございます。うほほっ♪
 あしたも、午前中は春日井にて、労組の結成準備会に参加させていただき、事務所に戻って仕事をし、夕方から、I清掃支部の全体会議にでかけます。
01_43 あさっても、別の支部が作れるかどうかの 会議を午後から持たせていただいて、夕方には、中央本部の委員長をお迎えして、会議、そのあと、懇親会で、しあさっては、いよいよトヨタ総行動です。
 ぼくって、いつ、お休みもらえるのっ、とノートをくってみたら、2月いっぱい、1日も休日はありません。え~っ、最賃生活のうえ、休みなしっ、だれかに呪われとるんかぃっ、じつは自業自得です。ぼくだけが、ぼくの支配者なんですからねっ。
 ビンボーと忙しさと孤立が、ひとの視野を狭くする、とするならば、ぼくの、連帯を求めて孤立をおそれず、というひとつのスタイルは、どぉなっちゃうんだろうっ?いつも、連帯と団結のなかにいたいです。そして、たたかいは、連帯と団結をうみ、そだて、広げてゆくものだと思います。
 愛するひとよっ!
 それでも、ぼくは、なにかしら、孤立感におちいるときがあります。たたかいに疲れ、ゆとりを忘れ、人間の個人性と、全宇宙時空のなかの単位1となってしまうと、つらい気持ちになるのでしょうか。
 
愛するひとよっ!
 あなたとぼくの、こころとこころが、いつもではなくとも、そういうときには、まるで、ひとつづきのようになっているといいのにっ。
 プロメテウスが鎖でつながれたとき、かれが万物の母である大地と、大いなる自然に訴えかけたわけは、おそらく、人間が自然とひとつながりである、との認識からであろう、と思います。そうであれば、自然の一部としてのひととひととも、きっと、元来は、もっと、つながりの強いものであった可能性があります。だから、ぼくは、愛がひとをひとつのようにするのは、共感力をはじめとする脳の使われていない領域で、感覚をこえて、なにかの働きがあると感じています。また、そうであれば、こころに深く願う想いは、かならず果たされ、かならず叶うことであるっ、という確信をいだいて生きています。さまざまな外的な障害と、同時に人間精神の内面的誤謬がそこには介在しており、それを打破できるものは、純粋で無垢な自分のこころへの態度であるかもしれません。ならば、ぼくの赤裸なこころは、子どものようにあればよい、と思います。
 ぼくのこころに住みつづける少年よっ! 愛するひとに想いを伝えよっ!

 今夜は、ドビュッシーの夢を聴きましょう。あたたかくやわらかな音色のやさしい調べ、たたかいに疲れての眠りに、おとずれる、あなたのぼくを呼ぶ声のように、澄んだ響きです。ぼくの希望のように、また、うれしぃ、とささやいてほしい。ぼくのとんちんかんでへんてこでへなちょこな頭脳でも、そのようなあつい想いを起こさせる調べです。

 おやすみなさい。きょうの勝利を出発に、その力を、次なる火のようなたたかいに展開する。最賃生活のなかで、ぼくらは自己の新たなるひとへの変容をつくりだしていきましょうっ。また、あしたね~っ☆

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2月8日(木)くもりのちあめ、実践の烈火のもとでへなちょこをたたき直す

01_29  ぼくは、たしかに、人間です。1週間、最賃体験をやっているだけで、欲望にさいなまれ、不自由さにいきどおり、怒りとむなしさと自己嫌悪で、こころが汚染される感覚がじわじわとこの胸のなかにおこり、そして、トラフィックで動きが悪いスペック低級の事務所のPCをじと目でながめ、帰ってから書くかっ、と、あきらめの思いをもって、とぼとぼとあるき、ちょっとこのあいだにあるできごとがあって、家について風呂入ったら、眠ってしまいました。
 ぼくのなかの強さと弱さ、できるなら、この弱さを実践の烈火のもとに、克服したい、と思ってきました。でも、それが、本当に正しいことなのかどうか?ぼくは人間は弱いからやさしくなれる、弱いからかわいい、弱い01_30からいとおしむ、という考えもあっていい、と 思っていました。
 金持ちと貧乏についても、共通性のある考えをもっています。
 力に奢る強いものだけをよいもの、とは思えないのですが、そしてまた、金持ちなんてみんなくそったれだっ、という考えを、過ぎ去った一時代の意識とだけは思えないのですが、なにを肯定し、なにを否定しても、真実はひとつ、カオスのような混在がこの世のあらゆる事物とも思えます。
 なぜ、ぼくは眠ってしまったのか?
 午後11時に会館を出て、小降りの雨のなかをひとりあゆんで、あなたのことを想い、さみしさが胸にこみあげ、むなしさに涙01_36 をこぼしそうになり、これではいかんっ、と、金山総合駅南口にあるココ一番にまわりこみ、注文をしていました。え~っ、とイカカレーにご飯500グラム、パリパリ・チキンのトッピングで2辛ねっ。あっ、半熟卵もつけてねっ。食べ終わったぼくに、すっかり、1週間分の疲れが、毒のようにまわっていたのです。
 おそらく、コーン・サラダを頼まなかったことが、最賃生活中ということへの、ぼくの理性による自制がはたらいた結果かも知れません。
 どこが、最賃生活ですかっ?
 ということで、本日の収支決算は、あさはアンドーナツ105円、昼は安ベエにて64001_37円、晩飯抜きに耐えきれず夜の11時すぎ に、ゴージャス・超デラックス・カレー1,160円の計2,285円で、残金は、60,304円とあいなりましてございます。
 そして、ブログも書かずに眠ってしまった朝、眼を覚ましたぼくは、黒に見える濃紺のスーツに身を包んで、愛知県弁護士会にむかったのでした。
 ぼくが強くなったつもりでしたことは、ぼくにとって、ぼくのなかで、ぼくの弱さとつながってしまい、ぼくは、まだ、その弱さのままでいることを、恥じています。
 愛するひとよっ!
 それでもぼくは、ぼくが積み上げたいと考えている実績や、ひととしてのスケールや、大いなる歴史の扉をひらく試練として、その意味をあなたから受け取ったと感じ、感謝し、それを支えに生き抜いていきたいと希望し、その道を楽しくおおらかに歩んでいる、と思います。また、それがあなたから示されたことに応え、そのあとで、あなたから受け取ったメッセージの意味を、さらに強くこころに刻むために必要なこと、と理解しています。
 プロメテウスは、未来をじっとみているひとであり、それゆえ、いま、をきりひらくひとでしょうねっ。働くひと、みんなの、労働力の価値をはかる、抽象的人間労働の1時間、の価格とはなんであるのかを、ぼくはじっとみつめ、あなたへの愛の1時間はなにをもってもはかれないとしても、最低賃金は1000円でさえ安すぎる、と実感します。

 ひとにとっての1時間の価格は、いったい、なにを物語るというのでしょうか、それが人生の不思議な、とき、例えば100年生きるとしてさえ、1年365日×24時間=876,000時間にすぎない生涯の内部にあることを、どう考えるべきかを、知りたいです。最賃生活体験運動が、体験者に、ただみじめでつらい気持ちしかもたらすことがないなら、それは貧困の経済学におわるのですから、貧困というもののもつ価値にめざめることも、貧困そのものをなくす役割ももてないに違いありません。貧困に光をあてる意義は、労働運動にとって、すぐれて、新たな時代へむかっての運動だと、ぼくは思います。それは、繰り返すならば、貧困というもののもつ価値にめざめることを照らしだし、きっと貧困そのものをなくす役割のひとつだと思います。
 これも、あなたへの愛も、ぼくにとっては、テーマではなくて、ぼくの本質の発露であり、自己表現ではなく、現実の反映と展開のなかての、あるがままの姿だと思えます。
 愛するひとよ!
 きょうは、ラヴェルの「夜のガスパール」より「オンディーヌ」を聴きましょう。
 あなたのくちもとや、頬の肌の色がみえるような赤くピンクの、そして白い音色の調べが連続します。そのおと、のつらなりはたかまり、あなたの顔を、異界をのぞくように、ぼくに幻視させます。おどろき、はっとするまなざし、そして、しずかにすぎてゆきます。

 じゃあね~、一日遅れです。 

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2月7日(水)はれ、貧しさをつくるものとの戦闘のはじまりへ

01_31  1週間が経過しました。そして、日直最終日の見回りから戻ってくると、画面にServer getway なんとか、とProxy Server Err の表示がありました。書き上げていたすべてのデータが消失しており、半年前のぼくならば、ただ、しくしくっ、としか、もう書く気力はなくなっていたことでしょう。しかし、いかなる敵も、もはや、ぼくの闘志をくじくことなどできようはずはありません。
 とは言っても、ブログのじか書きは、ちょっと問題があるんですねぇ。再生させるすべというか、エラーに対する復旧手段や、救済策がなにもありません。Photoのupから、すごく01_34 時間がかかるので、相当トラフィックがある状態だとはわかっていたのです。しかし、完成した内容を失ってしまうことになるとは、思ってもいませんでした。これまでにも経験していたことでありながら、性懲りもなく、馬鹿は間違いをおかしても同じことをする、という実例として、笑ってやってください。
 さて、本日の会計収支ですが、交通費が380円、お昼は、まこと屋の親子味噌煮込みうどんとご飯で1,103円、そして、帰りに街路灯のあかりでPhotoを撮り、あるきながら食べたあんまん、105円、使ったのは、1,588円で、残金は62,589円となりました。消え失せたデータの方には、1週間分の集計と4週間で、約5万円となるこ02_2 と、その額からみても、もはや、達成したようなもんですわっ、お~ほっほっほ、などと書いていました。
 だけど、ドキがむねむねし、もとい、胸がどきどきし、それは原因は別だとしても、心臓が悪いわけじゃなく、最低賃金生活による最賃闘争の戦闘人生の展開とともに、いよいよ、ぼくが切望してきた、貧困のもとをつくっている派遣元企業のひとつとのたたかいを、準備していきます。
 今日の青年労働者の雇用と労働をおとしめ、貧しさをつくっている派遣元企業のひとつとのたたかいは、01_28相手からの要望となにがおころうと貴社の責任ですからねっとお伝えしたことにより、戦端を開いてゆくことになります。労働局の雇用調整課さまへの告発や派遣先企業に対しても責任追及をすすめ、派遣元の方へは集中砲火をがんがんと名古屋でも大阪でも、すべての拠点で打ち込んでゆくための軍議を準備します。大阪へのたこ焼きツアーも何度も行けるし、地域ユニオンおおさかとの交流と共闘が形成できてゆくと、とってもいいと思いますし、さらに重要なのは、派遣で働く青年労働者たちとの接点を一気に拡大することです。徹底的にやりたいなっ、と前々から考えていた、いい機会がもてそうで、おおいに楽しみです。

 明るく楽しく元気に、をモットーとしながらも、このところは朝飯抜き晩飯抜き、先行してぶっとばしているので、超ビンボ~ぐらしのようですっ。
 誰のかわかんないんですって。ほ~っほ っほっほっ♪ 所有者不明の食い物は、言うまでもなく、すべて、ぼくのものと決まっています。このように、日に日に、野獣の本性をあらわにしつつあります。
 で、流れとして、トヨタ総行動で振る舞われる、ぜんざいを、目標3杯いただくことにしよう、とか、2回ある一泊会議のときには、しっかりと食べ、かつ飲んであげましょう、などと抱負をかたっていたのです。

 プロメテウスは語りはじめます。
 おお、輝りわたる大空、翼も速い風の息吹よ、
 また河々の、もとの泉、数知れぬ大海原の
 波の秀の笑いさざめき、また万物の母なる大地、
 さらにまた世界を見渡す日輪に訴える

 失ったものを惜しむより、失わないようにし、あるいはまた、失ってしまうしかなかったとしても、その価値の高さをまもり、失っていないと等価のゆたかさをたもち、みずからのなかにたえず再生し、くみつくし、わきいでるように、大切にしてゆくことができるならば、そうすべきです。
 愛するひとよっ!
 ぼくはけっして失わない、なにひとつ失ってはいない、忘れない、大切にする!
 今夜ぼくが聴いたのは、ショパンの華麗なる大円舞曲です。ああっ、まわってゆく、やさしい調べ、回転する音の渦へ、こころは、ふしぎでしずかなよろこびを覚える。

 愛するひとよ!
 ぼくはクールでワイルドな戦闘者であるよりも、無垢で純粋な少年のようでありたい。そして、少女のようにはにかむしぐさで、かわいく笑うあなたのしあわせを深く祈る!

 おやすみなさい、ぼくも、もう眠らなければ。とき、には、けっして、無駄はないよねっ、またあしたねっ☆  

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2月6日(火)はれ、最賃生活ストレスに適応し脱却をはかる

01_24  家に帰って食器棚をごそごそとやってると、ずいぶん以前に、味噌煮込みのまこと屋の隣の美濃忠というお菓子屋さんで買っておいた羊羹がみつかりました。うれしぃ♪
 ぼくも、どちらかというとスウィート好きで、こどものときから、和菓子が大好きでした。
 これも掟破りですが、発掘品ということで、免責無料にさせてもらっちゃうことを前提とし、胃袋に納めさせていただきました。おほほほほっ♪
 許されるかどうかは、知ったこっちゃない、ぼくが許すっ、ということで、ないしょにしておこうっ。
 さぁ、もぉ一個、賞味期限が3日ほどすぎたLG21が、自宅冷蔵庫の奥の方におね_01むりになっていたのを発見です。
 ケ~っ、ケっケっケ、と怪鳥のような鳴き声をあげて、ぐびぐびっ、ぷは~っ、と飲んでさしあげました。うははっ、期限切れだから、タダでいいよねぇ。うん、いいっていうことにしておこうっ。
 そうしたうれしぃことが、昨夜、午前1時半ころにありまして、朝は抜き、ねっ。
 んで、しっ、しまった~っ、本日の主食であるお昼ご飯のPhoto、撮り忘れてまった~っ。なにに気をとられてたかって、ひっ、秘密ですっ。にゃっ♪ かわいい笑い声が聞こえる。
 お昼ご飯は、大盛りライスと、具たっぷり豚汁と、だし巻き卵と、鯖の塩焼きで、計810円でした。最賃生活なのに、まわりの方々より、高かったです。
 本日の支出は、ただいま、晩飯ぬき、一日一食かぎり、交通費380円、とあわせまして、1,190円で、残金は、64,177円となり、あとの日数、一日に使える額が、2日前の2,083円から、2,144円へと上昇いたしました。ちっ、こんなもんかっ、と思います。昨年の教訓から、最後近くでせっぱつまって一日一食にするより、先にやっちゃって、チャレンジャーのこころざしをまっと01_25うしようと、とりくんでおる次第です、はいっ。
 今夜は、ご飯にこそありついておりませんが、じつは、愛知共済会事務所に栗のおまんじゅうが届いた、との情報をえまして、さっそく略奪にむかい、ココア2袋と、まんじゅうをゲットいたし、ココアは後日に残しつつ、おいしくちょうだいいたしました。盗賊の如く跋扈し、不死鳥の如く飛べっ!
 ということは、食料品を求めて、会館は餌場と化し、すべてぼくの狩猟の対象と変わるっ、ということかも知れません。
 愛労連さまをはじめ、食い物がおいてありそうなところは、いつ、盗賊があらわれるか、戦々恐々の状況となりそうです。
01_27 最賃生活、楽しいなっ♪
 すぐそばに、イオン帝国はあるものの、デハ地下のように試供品を食べさせてもらいに行くのかっ?
 う~ん、それもなんだかなぁ。
 でもまぁ、そういうふうに、ストレス発散して、環境順応タイプとなって、適応力をたかめてゆくと、なんもこわいもんありませんよねっ?
 正々堂々と生きることだっ、な~んちゃってっ♪
 プロメテウスは、先に知恵を働かすものという意味だそうです。それが、人間を助けるっ、と。ふふふっ、最賃生活は、それでいいかなっ。
 きょうは、プーニンが演奏したモーツアルトのロンド ニ長調を聴きます。楽しいこころをうつしだしているような、あそんでいるような調べです。軽く、そして、一度、つよい弾き方で、、しずかに最後になります。
 愛するひとよっ!
 しずかに春がやってくる。いま、たくわえているちからが、調べとなって解き放たれるときへむかっている、と感ずるっ。やわらかなときは、ゆるやかに、でも、着実に、すすむっ。あなたと、この、ときを、同時代を、生き、あゆんでいる。

 おやすみなさいっ。あしたで、やっと、1週間の日直はおわります。また、あしたねっ☆

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2月5日(月)はれ、最賃生活フラストレーション・シンドローム

01_21  最賃生活を開始して5日となりました。
 本日の支出は、朝食代409円、交通費の380円、昼飯代が890円、晩飯ぬきを敢行、っで、1,979円にして、本日の残高65,367円です。

 ぼくはテストがあると、そのちょっと前から、長編小説を読みはじめるっ、とか、ひっじょ~に押さえつけられることなどへの反抗的精神が旺盛で、その結果、反権力の人間になってしまいました。つい最近知ったのですが、父親は、第二次世界大戦後に、戦地から戻ってきて、しばらく、解放運動のシンパだったようです。家に、そのような本は一冊もありませんでした。子どものころは、男の子というのは、最大の権力者は父親でしょうから、どうも、ものごころがつくまえから、やたらと父親にはむかっていたそうです。いまの、おだやかで善良なぼくからは、とうてい想像もできません、うふふふふっ♪
 抑圧については、とりわけ、肉体的拘束もいやですが、精神的自由に対する拘束には、きわめて敏感な抵抗力というのか、反発がわき起こってしまいます。
 人間の肉体は窮屈だと感じるし、精神は小さく萎縮することを断固として拒否したい01_22 です。間違ったことには決して従順ではありたくありません。巨悪とは死んでもたたかい、ちいさな悪を注意深く避けるようにしよう、と思ってきました。そういうふうにカッコつける偽善的なことさえ、いやです。きどることも、自分を飾りたくもなく、過小にも過大にも、おのれをとらえることは、正しくない、と考えています。
 人間をことごとくエゴイストと見ているわけではありませんが゜、自分のなかにあるエゴイズムをじっとみつめています。それは、確実に存在しています。
 個人としてのひとに、この呪縛はつきまとっているものかも知れませんね。そのようなものとつきあい、正直に向き合っていくしか01_23な いものとも思えますが、おそらく人間は類として、エゴイズムと個としての欲望からの解放を探し求めていることの証し、とも考えられます。
 今日は、こころのなかに、本屋へ行きたいなっ、という思いや、人が帰ったあとの事務所で、なんか食い物ないかいなぁ、とさがしまわる自分を見いだしました。あははははっ。こめつぶ喰いたい、とか、朝・昼食べて、夜食べない、のは、朝食を抜くよりましなのかなぁっ、とも思いました。
 不自由であること、自己に制約を課して生きること、できないことではなく、できるけれどしないこと、そのような自由を自分に与えることが、最賃生活体験ですが、これはもちろん貧乏ごっこでも、人体実験でもありません。ぼくは、これは、パラドックス・パラダイスのひとつのミニチュア・モデルだと思っています。天国か地獄かっ、現実認識とはこころのもちようの問題ですかっ?
 支配層は、そうだ、と言い、貧しくても心豊かに生きることができる、などと主張します。
 上昇志向で、人生を切り開き、成功するひとがいるっ、ってわけです。
 この考え方は、根本的に間違っており、人間の精神に幻想を植えつける悪しき観念論です。ぼくは、そう考えています。
 最賃生活体験運動は、それを経験により実証してきましたし、カネがないとどれほどみじめな思いをし、なぜひとびとが貧しさをさげすむのか、どうして貧困をいけないことのように理解するのかを、支配層の思考の秘密として浮かび上がらせる、と思います。そして、もし、貧困に根ざす思想からのみ、支配層とたたかうなら、勝てない、ということをついに認識するに至る道をみいだすのだっ、と思います。みんなで見つけていきましょう。
 ひとのこころに眠らされている高貴な生といのちと尊厳にみちた人間性を、支配層の幻想から解き放つために、ぼくらのやらなければならないことを、日々刻々とつかみとりましょう。サイチニスタよ、ぼくが現代労働運動の英雄と呼ぶたたかうひとびとよ、なんじらに真のさいわいあれっ!

 今日は、.ショパンの幻想即興曲 嬰ハ短調を聴きます。この曲は、作り手もそうですが、弾き手も妙手じゃないと、こなせないでしょうねっ。音って、どのようにして、空気の振動への感覚をひとの脳とこころにあたえ響かせるのでしょうかっ、そして聴くという行為からなにを産んでゆくのでしょうかっ? 本当にこの世には不思議なことが多いです。ぼくは、わからないけれど、いつも、感じ味わっています。愛するひとよっ! 晴れやかな可愛い素敵な笑顔、どきっ、くらくらっ♪

 おやすみなさい、また、あしたねっ。力をつちかい、進みましょうっ、じゃあね~っ☆

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2月4日(日)はれ、愛知県知事選挙の投票日、政治の流れを変えよう!

01_17  朝一番で、革新県政の会候補者さまへの投票をすませ、こめつぶへの欲求がやむことなく押し寄せてきましたので、さっさと松屋へ入り、朝っぱらから、肉野菜炒め定食と生卵、計600円を支出いたし、飢餓をしのぎました。
 本日の支出は、昼飯ぬき、夕方はソフトケーキ1ケ105円と、交通費380円をあわせて、1,085円です。
 残金は、67,046円、月末までに使えそうなお金は、5万程度として、冠婚葬祭とかピックイベントがなければ、一日当たり約2,000円というところでしょうか?
 最初にとばした経済効果、チャレンジャーは挑戦しないとねっ♪
 しかし、だからといって気を緩めると、いけないのです。今月は、15日・16日および24日・25日に一泊の会議があり、酒代が多少、自費で、かかるかも知れません。12日のトヨタ総行動だって、要注意です。中央の委員長が前日からこられるので、アクリル対策会議をやって、おわって、懇親会といった流れとなり、役員はワリカンということもありそうです。ないかも知れませんけどっ。
 それでも、本は、まだ買えないでしょうね01_18っ。同時進行で3冊ほど読んでいるので、いまは、まだ、大丈夫みたいです。でも、VISTAの設定についてのハイテクニックなんて本が出たら、衝動買いしそうです。甘い和菓子などを買う余裕も、まんず、乏しいでしょうし、中トロの刺身やウナギ丼も、しばらくはおあずけの、ケチケチ人生を追求するしかありません。食べ物を自制するのって、なんか、つらいものがあります。これは飢餓感ですかねっ、若い人はこういう感覚はすくないのかなぁ? 食べたいものを自由に食べることができるかどうか、ということは、腹がふくれさえすればいい、ということとは違うような気がするのですがっ。食事の文化? 医食同源などといった、食事の哲01_19学?
 貧困の経済学はいいとして、貧困の哲学とか哲学の貧困に悩まされるのは、かないません。それが支配層の思想です。血のメーデー事件のころに、民衆が掲げたスローガンに、「朕はたらふく喰ってるぞ、なんじ臣民、飢えて死ね」というのをかかげて、皇居にのりこんだ豪傑がいたそうです。過激ですねぇ、うふふふふっ゜♪
 安倍内閣や日本経団連は、それぞれ、美しい国とか、希望の国とか言っていますが、国民を引き裂く格差と貧困という社会政策的欠陥を見ないようにして、現実の貧困の打開を貧しい人びとの自立自助とか自己責任とか、要するに自分でなんとかしろっ、 と言っているのです。いやですねぇ、ケチですねぇ。税金の使い道をこっそり隠しておいて、弱者救済の観点は、まったくないのでしょうか? 国民を弱肉強食のけだものの群れにしていこうって考えなのですかねぇ?
 資本には、搾取と収奪をほしいままにさせ、弱いものいじめを強めさせる政策は、小泉「構造改革」の骨太の方針そのままを受け継いでいます。残酷な歪んだ社会ができあがっていくようて、こわいです。
01_20  アメリカの中間選挙でブッシュを打ち破ったのは、ワーキングプアの投票行動ではなかったでしょうか?
 今日の愛知県知事選挙も、終盤で、柳沢厚生労働大臣の「女性は産む機械」発言が、非常に大きな国民的怒りを買いました。当然ですねっ。国民を機械呼ばわりするだけではなく、その社会での女性の地位は、文化と民主主義のバロメーターといわれていますが、女性の敵ですねっ。絶対に許せません。子どもは、工業製品で、結局、男だって、利益を生み出す機械ですかっ、と国民全体が、馬鹿にされてるってことはまったく明らかです。こんな政治家は、厚生労働大臣を罷免されても当然だし、有権者の代表としての資格にも疑問があることはあきらかだから、議員を辞職してほしいです。

 さて、愛知県知事選挙の91%くらいの開票というところの情報が入ってきました。われらが革新県政の会あべ候補が15万票、民主・連合の石田候補123万票、現職の自民・公明の神田候補128万ということで、県政を変えたいという流れが、上回るのではないかって結果予想です。正確には、あした、ってことですねっ、わっはっはっはっは♪ 神田さん冷や汗もんっ、石田さん悔しいねっ、でも、政治の流れを変えるキャスティングボードは、革新県政の会の大義と政策にありっ、ということです。これからも、この舵取りをまちがえないようにしていくことが大事ですねっ。さぁ、4月はいっせい地方選挙、7月に参議院選挙です。歴史の扉を開くたたかいを、もっともっとつよめましょうっ!

 今日はベートーベンの月光ソナタを聴きます。はじめはちょっと暗めな小さな悲しみがあっても、荘重な調べです。ずっと、ピアノのクラシックを耳にしていても、ベートーベンの偉大な天才を感じとることができるように思います。こういうリズムがあるのです、こころに。あぁ、人間は本当に強く素敵に生きてるんですねっ。そうだったのですっ、愛するひとよっ! この人生の楽しさ、素敵さ、美しさを、絶対に支配層にはひきわたさないっ。パラドックス・パラダイスは、ひとを成長させるでしょうっ? また、終結や危機さえのりこえ、とき、をつないで、こころとこころをもっと近づけてくれるでしょうっ?

 あすも、また、一日がやってきます。不思議な、とき、のなかで、おやすみなさい。風邪ひかないように、元気で生きていきましょうっ。また、あしたっ☆

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2月3日(土)はれ、貧者の経済学を学ぶ

01_15  最賃生活3日めとなりますが、ぼくはこの間つづけてきた自分の友達などへの約130の支持拡大をなんとかやって、寒いけれどよく晴れているので、ビラまきを2ラウンドおこないました。事務所に残されていたビラ枚数、ちょっと多すぎのように思いましたが、本来は一枚も無駄にするのは、申し訳ないものです。県知事選挙は、とても厳しいたたかいとなっただけに、ぼくの闘志は燃えています。でも、有権者との対話から伝わる声はやはり、ずいぶんきびしいです。
 いかなるときも、たたかいの最前線にあって、大衆のなかでその声をつかむことだけが、情勢の真の姿と動きを把握できるものです。あすの棄権防止活動をさらにしっかりやらないといけないな、と感じました。
 最後まであきらめないという気持ちを、きちんと持続させきることや、口先だけではない人民への熱情と信頼は、世界観に属するものです。労働者階級は、最後のたたかいに勝つまでは強力な支配階級に敗北し続けるとしてさえ、たたかいから学びつづけるかぎり、たちあがり、たちなおり、そして、きっと、歴史の扉を開くため、勝利への道をあゆみます。長い歴史のプロセスで人類のあゆみがそうであるならば、個々の人間01_16 もたいした違いはないのです。自然史的な歴史過程の法則的理解を意識的に人生に正しく適用するならば、その土台をなしているものは、当然、経済であり、それを知るのは科学的な経済学以外にはありません。

 本日は、一日につき、徹底的に支出を削ってみました。交通費の380円は、自転車により事務所に通わない限り、かかってしまいます。この寒さで、風邪をひくより、必要経費として固定させて理解することの方が合理的です。
 じつは、東京で働いている組合員の方が、おみやげに千なりをもってきてくださいました。あははっ。本日、それを主食とし、5ケちょうだいいたし、食費ゼロとさせていただきました。
 上司の弁当を略奪しておられるサイチニスタもいらっしゃることですので、頂き物は、ゼロということで、チャレンジャーとしての意地をみせます。
 で、組合事務所の冷蔵庫は、いつものように最賃生活中は買い置きせず、すっからかんですが、組合員の方がカンパしてくださっているお茶は、あります。
011 え~っ、これも、経費ゼロにて、多少、消 費させていただくということにいたしました。
 最後近くは、最賃生活していない組合員さんに、メシをたかることになってしまうのでしょうか?
 昨日の残金が、68,511円で、本日の残金は、68,131円です。早々に禁じ手を使うなど、インチキと違うか、と非難の声があがるかも知れません。こんなことでもしない限り、達成などできるか~っ、不二屋を見よ、賞味期限切れの牛乳使っとったやろ、資本家がぼろ儲けしとるのに、ワーキングプアがもらったもん喰ってなにが悪いっ、と開き直りますけどねっ、はい。
 もっと言わしてもらえば、偽装委託を使っていたキヤノンの会長が、法律の方が融通がないのだから派遣労働法を変えろっ、てもっとたちが悪いって思いませんかっ?
 おすすめはしませんが、派遣労働者の皆さん、短期でころころと派遣先を変えられちゃいますから、企業の機密情報とか、いたVista02 だけるものをいただき、獲得した経済的利益を、みずからの解放のたたかいの武器に変えちゃってはいけないんですかねぇ? アン・モラルに対するに、ノン・モラルって、労働者はひとがよすぎるのでしょうかっ? はははっ♪
 でも、こんなことはいつまでもつづきません。続いてはおかしいことだと思います。社会の信頼が、資本家のモラル・ハザードで崩されてきているとしても、そこでは調和や秩序が壊れていき、人間が壊れていく、という危機が存在しています。それはよいことではありません。
 まじめな生活者が、一度リストラなどで転落し、フリーターがはい上がることができない経済と労働の貧困をつくった者たちが批判を受けるべきであり、第166通常国会の施政方針演説で、ひとことも格差と貧困に触れることができなかった安倍首相のおそれが、iにじみでてきているのではないでしょうか?
 今日のこの地の支配層は、貧しいひとびとの貧困を解決する力がないのです。
 青年労働者の二人にひとりが非正規雇用とされ、その7割が3カ月の短期雇用の契約をおしつけられ、同様に7割のひとびとが年収50万円から150万円で苦しいくらしを支えている時代の、われわれの最低賃金生活体験運動は、いろいろな意味でとても意義深いたたかいなのではないか、と思います。
 現代労働運動の英雄たち、そのことをともに考え、実践している戦士たちよっ、なんじらに真のさいわいあれっ!
 ワーキングプアの青年労働者たちと共に、支配のくびきを断ち切る運動に勇躍してこの身を挺しようっ!

 今夜は、バッハの人の望みの喜びよ、という曲を聴きます。
 繰り返されるかるやかな調べ、次第に強く打ち鳴らされる鍵盤、ひとはかなしみにあっても、さみしさのなかでも、くじけず、ピアノの繊細な調べとともに、また、立ち上がり、また、ほほえみをうかべ、終わらぬ想いを、また、いとおしむっ。愛するひとよ、愛の力は、無垢なる心の魔法である。なにもおそれることはない、終わらない愛も、この世にはある。想いが自由である限り、ことばをこえて、愛もまた無垢であり自由である。それゆえに、愛は偉大にして、純粋で崇高なる、新たなる人間の肉体とたましいの総体を、未来にむけて映し出すっ。それは、あるがままのこころの深奥に、あるっ!
 愛するあなたのしあわせをたおやかにこころふかく祈る!

 おやすみなさい。また、あしたねぇ☆ 明日は、愛知県知事選挙の投票日です。最後までがんばろぉっ!

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2月2日(金)くもり、梅の花の開花をよろこぶ

01_2  昨日は夕方、ずいぶん冷えこんでいました。金山総合駅南口で革新県政の会の政談演説会を聞いて、とっとと事務所にもどって、五役会議をおこないました。午後7時から10時近くまで、2月中のとりくみやトヨタ総行動への参加体制、春闘討論集会での議論方向などについて、活発な意見交換をしました。
 そして、日直初日の見回りをして、帰りに近くのコンビニに立ち寄りました。深夜12時24分の最終電車だったので、寄った時間は、午前1時ころだったと思います。

 コンビニに入った目的は、タバコは1カ月1カートンにしようと、10個をまとめ買いしました。200本を27日で吸うことにする01_12と、一日当たり7本に我慢すればすむことです。これは、3,000円です。使い捨てのライターがおまけに付いてきました。
 そのときに、あまりに空腹だったため、あんまんを1個だけ、買いました。105円です。
 じつは、これを夜食に半分と、朝食に半分にして食べたのです。貧しいでしょう?
 昼ご飯は、1食千円なんて使えないと知ったため、貧しい焼きうどん、ということで、これは500円です。
 晩ご飯は、さらに貧しい枯れ~、にしておきました。450円です。カレーは、店のひと01_13に、オリジナルっ? て聞いて、頷いてくれたので頼んだのに、辛口のククレカレーじゃんっ、て代物でした。
  事務所と家との交通費は190円×2が必ずかかります。380円。定期券にしちゃった方がいんだろぉか?

 また、夕方から、団交出席のため、名鉄で津島線の木田まで行きました。交通費、片道340円です。事務所までの帰りは、分会長さまがお車で送ってくださいました。
 よって、本日の支出額は、合計で4,775円ですが、1カ月の予算の中から、タバコ01_14代とヘルシア緑茶代を削減することとしまし た。
 ぼくは、一日500ミリリットルのヘルシア緑茶を飲んできましたけれど、2月はお茶は買わないぞっ、ということにしました。
 お金ないのに、茶なんか買えません。

 最賃生活2日目にして、すごく常識的にものを考えるようになってきました。これを貧困の経済効果とよぶこととします。
 せっぱつまらないと、この効果は有意義になりません。金に追われる生活、ということは、結局遊びを無駄とし、ゆとりをそぎ落とし、ギリギリのところへと自分をしばりつける、そういうことかも知れません。喜ぶべきことか、悲しむべきことか、わかりません。
 ただ、それでも、最賃額でやっていけるものなのかどうか、まだ不明です。
 本を買うおカネがないのです。
 服を買うおカネもないのです。
 遊びに行くおカネもありません。
 さぁ、チャレンジャー、どうしましょう?
 時間もなくなって、日直2日めの見回り時間になりました。
 おぉ、愛するひとよ、これからぼくはどうしましょう? ぼくは自分自身の無価値であることを見届けなければならないのでしょうか?
 愛知の最低賃金である、1時間694円しか、ぼくの人生の1時間の価値がないならば、とても悲しい。ぼくの人生の1時間の価値をぼく自身が決めてはいけないのですか? 円と等価の1万ジブン、ということでどうでしょう。だれがぼくの労働力をその価格であがないうるかは知らないけれどねっ。

 今夜はリストのラ・カンパネルラを聴きます。ラララ、ラララ、ララララっ♪
 渦を巻くようにつらなる音たちよっ。どうか、ぼくのわけのわからない悲しさと、さみしさの周波数に波長があったこころを、なんとかしておくれっ。
 末尾までのすばらしく力強いピアノの響きっ、グッドだっ。
 ときは、まだ、たっぷりとあるっ。そぉでしょぉ、愛するひとよっ!
 それとも、もはや、ときは、永遠に失われたものなのでしょぉか?
 ぼくは、いつまでも、なんにもわかっちゃいない、大馬鹿者だ、と思う。
 あなたの感情と、あなた自身を、大切にしたいのに…。
 でも、ごきげんよう。また、あしたがくる。おやすみなさい、愛するあなたのしあわせをどこででもいつでも祈る!

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2月1日(木)くもり、最賃第1日めから、焼き肉を食す

01_1  交通費は、毎日、家に引きこもりをしない限り、必須の支出項目となります。
 ぼくは、JR中央線で、片道190円ですが、ただ事務所との往復だけではない場合も多いので、定期券を買っていません。
 本日の交通費は、190円×2=380円です。

 朝食は、バウンドケーキ、ホットドックをたまにいただき、パンが多いです。その場合、コーヒーかお茶、紅茶かココアも付けています。
 本日は、朝食抜きとし、缶コーヒー120円の1本だけといたました。
 チャレンジャーですから、これくらいは当然でしょうか。
 普段は、缶コーヒーは、飲みません。
 気分を変えて、というか、、毎日、缶コーヒーしか飲んでいないひとの真似をして、とい01_9 うところです。
 なぜ、真似をするかというと、昨年2月の最賃額での生活で、達成者だった、ということへの評価からです。
 朝飯抜きにして、缶コーヒーだけだと、自動販売機で買うと120円だけ、ですからね。
 達成者については、言わば、最賃額で生活した、という実績があるのです。神奈川では、お猿博士といわれる達成者を、最賃の敵とまでいい、きびしく非難がされた、という話も聞いていますが、苦労したうえに達成したときの喜び、ということばに、反応したものと思います。
 さすがに、昼近くの時間になると、ハラがぺこぺことなり、すこし気持ち悪くなりました。朝飯抜きは、あすからは、やめとこう、と思いました。間違いなく、血糖値が下がって、健康によくないように感じました。
 たとえ、おにぎり1個でも、食べるべきだったかなっ。
 さて、腹ぺこになってしまったため、スタミナを自動的に要求したものでしょうか、昼には、牛の横隔膜部分にあたる、ハラミを天然塩で、ごはん、どんぶり1杯とともに、食すことにいたしました。
01_10  ハラミ牛焼き肉800円、ごはん200円です。
 ごはんには、ほんのすこし、牛肉の佃煮がついています。
 本日の支出としては、たばこ(マイルドセブン)1箱300円です。ヘルシア緑茶1リットル498円も飲みました。
 いま現在、晩めしは抜きです。ですから、いまも空腹です。
 それでも、今日の支出総額は、2,298円ですから、これが28日だと、64,344円になります。
 帰りに、あんまんなどを買って、食べたいです。使えるお金の総額は、75,584円なので、本日の残金は、73,286円、まだ、01_11 大丈夫のように見えますが、じつは、月末の新聞・雑誌代の約6,000円や携帯電話料金約8,000円とか、考えてみると、もう、危ないのです。一日1食でも、オーバーする可能性があります。

 ここからは、一日の反省です。
 ほかのお客さんに、無理を言って撮らせていただいた、特上カルビ焼き肉の写真をながめながら、うめぼしとご飯しか食べることのできない日がくるに違いない、と思います。
 なんて、楽しい日々なのでしょうか?
 すてきで美しい人生をすごせるでしょうか?
 と考えつつ、文化、ということですから、ショパンのノクターン第20番をむりやり聴きます。
 ものがなしい、ピアノの音色から軽妙なタッチに変調し、中盤以降で高音から流れる音色が高音につながりおわります。この曲は、戦場のピアニスト、と副題がついています。
 ぼくたちが生きているところは、戦場ですか?
 この街は戦場ですか?
 それなら、マドンナたちのララバイって歌がいいかもしれませんよねっ。
 こ~の~、まちは~っ、戦場だから~っ♪
 男は~、みんな~っ、傷を~負った~戦士っ♪
 ぼくの場合は、戦士じゃなくて、ウィザードリィをめざしています。傷も負っていませんし。
 さて、きょうのところは、これから帰って、アイスキュロスの本を読み始めようと思います。鎖に縛られたプロメテウスです。やはり、プロちゃんは、自分がかならず解放される、ということを認識していた、と解説文に載っていました。なぜ、そうした確信があったのか、よく考えてみたいと思います。この点は、提示された終結と結果と想いについての構図に関するぼくの考察、とむすびつく内容です。終結、の典型は、おそらく死であろうと考えられ、ひとは本能的にそれにおそれを持つものです。そうすると想いをもつひとは、自由であるならば、大丈夫です、と多くの救済の導き手が述べる根拠は、プロメテウスの神話にも、つまり、権力と暴力との対話のなかには、見いだされてくる強い期待があります。
 それをぼくは、魔法のように発見することの可能性をさがしてゆく、武器にしたいと思います。愛するひとを赤いつるぎにより守り抜くために。

 本日のたわごとは、ここまで。
 おやすみなさい。またあしたです☆ 
 
 

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