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2月10日(土)くもりちょくちょくこさめ、10日間の貧困による精神的空転かじりじりと前進か

01_44  午前9時30分に大曽根にて車でひろっていただき、米国防総省のようなところへI副委員長、Y執行委員とむかい、尾中のボスと合流して、7名の方々と、会社をよくする未来は労働ルールの確立にあることとその準備について、話し合いました。
 そのまま、事務所におくりとどけていただき、D学園準備分会のNさんと、遅い昼食をイオン帝国に出かけて、とらさせていただきました。そして午後5時に、またまた、I副委員長とともに、瀬戸へ、I清掃支部全体会議に参加させていただくため、走っていきました。
 どうも、疲れがとれていないのか、車中で居眠りしました。
 そして、直帰し、空腹感、飢餓感、消耗感がぼくをさいなむのをなぐさめるため、コンビニにより、あんまんとおにぎりを買いました。
 今日は、移動がすべて、お車の助手席でしたので、交通費は1円も使わずにすみましたから、いいんです。
 しかし、中盤への折り返し点で、この生活の仕方、お金の使い方に修正を加えないと、もたないかもしれません。
 なにがもたないか、って、ひとをゆっくりと01_45貧しさのマイナス要素へ引き込んでゆく、い くつかの力が存在し、それへの抵抗力や反発力だけでは、現実のたたかいにおいてのエネルギーが削り取られてゆく、蛭に血を吸われてゆくようにゆるやかに生命力が失ってゆく、精神が空転してゆく、という予感があります。
 単純に胃袋に、なにか足しになるもの、ふくれればいいものが入ってゆくことで、ひとは満足するものでしょうかっ?
 満足でこそなくったって、食、とは、それだけのことにすぎないのでしょうか?
 栄養とは、血と肉になり、細胞を再生産したり、エネルギーとして燃えたりするものの総体かもしれません。
_01_1 でも、自然の一部である人間が、自然を改造して食料とし、自己と自然とを融合させ、かつ、ひととしての食生活のあり方を、ぼくたちは見つめるのではないのでしょうか?
 いったい、ぼくらは、どのような生命活動をしているというのでしょう?
 ぼくらの、いのち、って、なんなんだろうか?
 ぼくらが、日々の日常で、反復される行為としておこなっている、普通は1日3回の食べるってことは、これは、いったい、なんなんだっ。
 生命維持活動の一部なのっ?
 だったら、チューブ入りのジェリー状の栄01_46養の詰まった、味や色彩やっていうもののないようなものでもいいのでしょうかっ?
 でも、ぼくらには、時間がない。食事をつくったり、食べたりすることを楽しめるような余裕は、最低賃金生活者には、とぼしいです。
 人間らしく働き、人間らしく生きることをめざしています。でも、ぼくは、害食ばかりのうえ、買い食いを繰り返し、1日10時間以上はたらき、休みはまるでありません。これは、特殊な仕事だからというより、これに類似した働き方を青年労働者たちは強制されて生きているパターンが多くなっている、と思います。
 ぼくはいいですよっ。この仕事っていうのか、みんなととりくんでいる、この活動って生き甲斐と自分の人生の、ぼくのたましいの発露なんですからっ。だから、仕事とは言えないもので、仲間と組合員と労働者のみんなにささえられ、すすめていることです。
 これが、疎外される労働、強要され、圧力をかけられるもの、自分の意にそわず、けちをつけられ、勝手な指図だけをうけるようなものであれば、ぼくだって、いつまで、ここにいるかわかったものじゃあありません。
01_47 だれだって、いっしょですよねっ。
 このことって、金持ちと貧乏人、との関係の問題にもあてはまりますかっ?
 人間の強さと弱さ、金持ちと貧乏、労働における主体性と疎外、それらの相対的な関係は、資本主義の人間形成の限界をあらわにしつつあるのかもしれません。
 それはそうだとしても、それは、現実には空転し、なにも変えられず、なにも変わらな いことのように、いわば宿命的なもののように見えるのでしょうか?

 ここで、本日の会計収支、すべて、食べるものだけです。
 スパ(とろ~りチーズ・温泉卵のせ・ミートスパゲッティ)=998円
 あんまん=105円
 赤飯おにぎり=126円
 合計=1,229円

 金持ちなんて、くそったれだっ!
 貧乏なひとがみんな美しいといえなくったってさ。
 でも、そのことも包みこんで、みんな、一緒なんじゃないのかっ? ぼくは・きみたちが・大好きだっ!
 なんやこりゃ、だれかの小説にでてくる、ひとつの時代の、プライベートな象徴、ということかなっ?
 ならば、現実の構想、実績、まだとても追いつかないボリューム、資金準備、体制とひとびとによる美しい調べの整頓、そこへむけての一定の調整、これはこれとして展開することも必要ですし、折り返し点付近で、戦線をさらに布陣し進軍する必要があるようです。
 ぼくの精神活動は空転しなくったって、現実はむなしくすぎれば、疲労がむしばんでゆくものがあります。
 その苦しみが、ぼくの全身をつつみ、胸にせまってくる悲しみを、こんどはどうしてくれようっ。プロメテウスのように、腹を食い破られ、内蔵を生きながらにして他者に食われているとしたら、そんなにこわいことはありません。派遣元会社は、生きた青年労働者の生き血を吸い、内蔵を食い荒らしているのとは違うのでしょうか?ぼくには、そうとしか思えないです。ただ、打倒し、うちやぶって追放しようにも、上部構造の機構ってのはそれでなければならないとしても、現実は単純な方法だけでは解決しそうもないようです。
 ひとの人生と、革命、ふしぎな、とき。ぼくに、なにかを失ってしまいそうな、危険な予感が、染み通ってきており、この危機感、自分にとっておなじみの、そのさみしさのもたらす予兆が、本当に疲れだけからきているものなのか、ぼくは毎日を生きぬいて、検証するしかありません、それでも、ぼくは無垢に生きたいです。
 半日遅れのup、じゃあね~っ。
 

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コメント

たしかに、最賃生活はそこからくる圧というか、なんというかで、「あー!」といいたくなる精神状態になりますね。
そういうときは、深呼吸をするようにしてます。いや、ため息ともいいますが、より積極的につくため息なので深呼吸ですね。
リストカットしたことないけど生きてることを確認するのならば、深呼吸って生きてるって気がして好きですけどねー。
怒りとか不安とかいうものを「空転」ではなく現実を変える力にしていくためには、クラッチを踏んでギアを入れないと行けないですよね。
それは、世界観を確立し、実際に働きかけていく手段をもつことでしょうかね…。
と、長くなりました。考えてみました(笑)。

投稿: ナカムラ | 2007年2月11日 (日) 20時53分

ナカムラさんこと、大地の賢者nagaちゃん、いらっしゃいまし~っ♪
ぼくらは、人間らしく働き人間らしく生きるために、もっといい社会をつくれるっ、そ~でしょっ?
子どもや若者たちが、なぜ苦しみ抜いてリストカットしなくっちゃいられないこととなっているのかを、支配勢力はまったくわかっちゃいないし、おそらくジェネレーションギャップのもとにある、ぼくらの世代の人間も、ほとんどわかってはいないように思います。
ぼくは、っていうと、まぁ中学3年生のときに芥川さまに心酔していたし、自殺ということにすごく興味をもっていた年代がありました。でも、いまの子のリストカットって、そんなレベルじゃないみたい。あまりに、この世の悪にとりかこまれ、抜けれないところ、すなわち地獄にいるみたいでこわいです。
ため息または深呼吸は、ぜったい必要ですよねっ。ぼくの場合は、たわけの馬鹿笑い、ですっ。か~かっかっかっ♪
それと、趣味にはしることかなっ。いまは、毎晩、Vistaとか、Office2007とかいじり倒し、本を大量に読み、音楽を聴き、瞑想にふけり、そして、これは趣味とはまったく違う、愛するひとを深く想うことっ、か~かっかっかっ♪
寝言は寝てから言うようにって言われそうっ、うふふふふっ♪
また来てくださいね~っ☆

投稿: 愛知のKUNIやん | 2007年2月12日 (月) 19時24分

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