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最賃生活体験にねざして考えていること

 最低賃金額は、働いて単身生計の生活を維持し、健康で文化的な最低限度のくらしをささえることから、労働力の再生産レベルがまかなわれる必要性をみたしていなければならないはずです。(現在の現実の最賃額では、労働力の再生産はできず、おそらく3カ月程度、この生活を継続したら、生命的な危機に行き当たることになると思います。)

 義務教育を終えて働きはじめるひとをはじめとして、想定している労働者が家計の主力とは見なされていないと仮定しても、その水準は、独立した労働者=生活者の生活の維持と向上のための役割があって当然です。また、そうでなければ、最低賃金制度の本来の立法主旨と意義が曲解・逆用され、あってはならないはずの、年代・性別を問わず非正規時間給労働者の賃金額に多大の悪しき影響を与えてしまう、ということにつながります。そして、現実には、現行最賃額は、時間給で働く労働者群の初任給を決めるうえで一定の役割を持ってしまっています。(長い期間にわたり、フリーターをして、労働現場を漂流し、賃上げがなく、また、ボーナスなど一時金もなく、社会保険にも加入していない、ホームレスのひととすれすれの、ネットカフェ難民と呼ばれる、一日派遣の青年労働者が現に生まれてきています。青年の生き様をそこまで追いやってきた資本と社会を、恥ずかしいと思わなければならないし、それがひとに対する犯罪ではないと苦痛もなく言えるのか、とても疑問です。コンビニやガソリンスタンドで働くと、時間給は最賃額に近いのですが、はいあがるにはきつい仕事をしなければならないという実態があるのではないでしょうか。せめて、時間給が1000円ならば、月収で、なんとか、高卒初任給レベルになるのですが、なぜ、最賃額を低く押さえ込んでいるのか、を考えてみなければなりません。また、最低レベルの賃金を底上げしてゆくには、どこでもだれでもというたたかいが必要です。)

 格差と貧困の社会的是正が、労働行政の責任においても急務となっている時期に、愛知県の最賃額が694円にとどめられていること自体が、雇用・労働環境として愛知県の地域経済の現状と勤労者全体に持つ意味からも、早急な大幅改善の必要性が求められていることだと思います。
 使用者側の支払い能力を、最賃額決定の一要因にしてきたことの弊害ともいえる、低額固定化は、大きく見直されていくべきです。
 その点からも、格差と貧困のひろがりをふせぐための最低賃金制度の改革がはたすべき政策的欠陥の是正は、重い社会的責任をになっています。
 

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